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啓太視点 ハッピークリスマス編 7 我が家が

 ピコン。  ――クリスマス休暇楽しんでるかー? 次の代表合宿にお互い呼ばれるよう頑張ろうなー! 「……」  そうなんだ。代表枠に入れるかどうかは毎回わからない。確定してることなんて一つもない。次の代表合宿に自分が呼ばれるかどうかなんて。  ――お疲れ様です。クリスマス楽しんでます。我が家が。 「珍しい。スマホいじってる」  ベッドでごろ寝をしながらスマホをいじってところだった。柘玖志はおもむろに寝室を出て、どこに行ったのかなと思ってたんだ。トイレのわりにはずいぶん長いし。 「……柘玖志。腹減ったのか?」  キッチンにいたらしい。 「うん。けど、啓太もお腹空いたかなぁって。これ、めっちゃ美味いんだ。一緒に食べようよ」  柘玖志が持って来たのはササミとキノコのカレーソテー。調味料を和えて、あとはレンジでチンするだけ。簡単だけれど油を使ってない分、ヘルシーでタンパク質も摂れるからと。自分が食べたいだけだと言うけれど、多分、アスリートである俺のことを考えて作ってくれてる。 「……美味い」 「だろ? えへへへ。あと、この前さ、タンドリーチキン作ったんだけど、啓太が好きそ―って思ったんだ。明日作る!」 「ありがと」 「あ、でもカレーだった、これもカレー、タンドリーチキンもカレー」 「気にしないし、どっちも食いたい」 「あ、そんでさ。本当のクリスマスは一緒にいられる? そしたら、俺、スペアリブのさマスタードソースソテーっていうの作ったげる。めっちゃ美味いんだ。超自画自賛、あはは」  幸せだなと、思う。 「そんでさー、この前、レンチン料理するのに調味料の分量間違えてさ、汁だくすぎて、あっためてる最中にめっちゃ溢れてさ」  君は楽しそうに話すんだ。手をパタパタとせわしなく動かして。ピアノ奏者だからなのかな。指先で音を奏る人だから、指先が話したそうに動くんだ。  その指に、光り輝くプラチナ。 「あ、そだ! 陸がさぁ、今度担当つけるんだって」 「へぇ、やったじゃん」 「めっちゃ嬉しそうだった。まさかあの先生の編集担当できるなんてって」 「すごい人なんだ」 「うん」  俺の指にも、同じ光が輝いてる。  多分本当は眠いはず。今日はクリスマス会があったんだから。けれど、俺の時差ボケに付き合ってくれるんだ。さりげなく、自分こそ夜更かしを楽しむように笑いながら。 「そだ! この前の試合さ! 実家で久しぶりに見たけど、やばかった」 「俺ミスした? いつの試合?」 「じゃなくて! うちの家族が! 啓太、そのうち呪われるかも」 「呪……」 「応援の熱量が呪いレベルですごかった。俺、家でマジでドン引き」  ドン引きって……一体どんなことに。でも、相手は柘玖志の家族だから。 「ハチマキメガホンホイッスル、三種の神器みたいに出してきて、めちゃくちゃ応援してんだもん」  なんか、想像できた。すごく簡単に。  あまりにも柘玖志の家族っぽくて、思わず笑うと、柘玖志も釣られて笑ってる。  キスをする時も、抱き合う時も、こうして他愛のない話をする時も、いつも笑っている自分がいる。隣に君がいると幸せだなと感じる。 「そんでさ! ゴール決めるじゃん? そしたら、啓太が指にキスするから」 「あぁ」 「めっちゃ照れ臭かった」  キスをする時も、幸せだなと。 「……」  感じる。 「び、びっくりするんですけど……あの、突然キスとかされますと。あれですか? 海外仕様的な感じですか?」 「いや、普通にキスしたくなっただけ。好きだなぁって思って」 「はひゃ!」  こういう時の君の面白い声にも幸せを感じて。モゴモゴと口の中で何かを呟くっていう、案外器用そうなことをする柘玖志をじっと見つめてる。 「あ、そうだ。忘れてた。柘玖志にさ」 「?」 「クリスマスプレゼント」 「えー? クリスマス当日にしようよ」 「いや、普通のプレゼントならそれで良いんだけどさ」 「?」 「早く読みたいかと思って。オオカミ君、新書バージョン」 「んなっ!」 「出るんだけど、どうしようかなぁって言ってたじゃん。単行本で持ってるしって。けど、なんか表紙カバーの絵新規だったから」  それを帰りに買ってきたんだ。大人買い。棚の一角がごっそりなくなるから、なんか少し緊張した。 「読みます!」 「今?」 「今!」  あと、少女漫画を読むのにワクワクしすぎて、鼻の穴を大きくするとことか、楽しくてさ。 「やばー! 絵がでかいのやばー!」  君のはしゃいだ声を聞くと、こっちまで楽しくなってきて。 「出ました! この名シーン!」  ずっと、そんな君を隣で見ていたいと心から思うんだ。  二人で慎重に吟味をして、妥協ゼロで買った新居。俺の妥協ゼロポイントは防音。君のピアノを聞きたいから。 「っかー! これこれ、このさ、廊下のさ角っちょのところでさ」  君の妥協ゼロポイントはやっぱり、これ。 「くはっ!」  どんな本棚を置いてもそこが抜けない、床の心配をしなくて良い部屋。  部屋一面にそびて立つ圧迫感のものすごいぬりかべ本棚。スライド式になっていて、奥にもう一段、同じ本棚がそびえ立ってる。  まだまだその奥の本棚が埋まっただけで、手前のはこれから埋まっていく途中だ。  そう、これからゆっくり埋めていく。君の好きが増えてここに重なっていく。俺たちの時間と同じように。 「ね、啓太、俺、先に読んでいい?」 「もちろん」 「ありがと! しばしお待ちを」  意気揚々とベッドにうつ伏せで寝転がり、漫画を読み始める君をずっと見てるから、俺はあとででかまわないよ。 「いやぁ、このさ、最初のさ、仲良くない感じがまた良いよねー、良いんだよねー」  あぁ、そうだ。代表合宿のルームメイトへの返信が途中だったっけ。  ――お疲れ様です。クリスマス楽しんでます。我が家が。 「良い! この場面良い! しかも絵が大きいよぅ」  俺の時差ボケに付き合ってくれるはずの君はもう眠気そっちのけで読み耽ってる。  俺は、そんな君を眺めながら、時差ボケもこういう時に便利だなって、思った。つまりは色んなことに感謝をしたくなるほど、君といられることが嬉しくてたまらなくて、好きだと思うから、オオカミ君にはしゃぐ横顔にキスをした。 「えへへ、ありがと」  そして、今度は照れるのではなく、はにかみながら唇にキスの返事をしてくれる君を心から愛おしいと思った。思いながら、ルームメイトへの返信を送る。  ――お疲れ様です。クリスマス楽しんでます。我が家が、一番っすね。  我が家の俺たちのベッドに寝転がりながら。

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