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第3話 ほのぼの(side悠悟)

あのかくれんぼの一件以来、俺は度々鈴木神社に来るようになった。初めはスイ様のお見舞い目的だったのだが、えらく懐かれてしまい、「明日も来るよな?な?」と、翡翠の瞳でガッシリとしがみつかれてしまったのだ。 そういうわけで、彼の傷が完治した今も、こうして遊びに来ているのである。 「ひかーりがーさしーいて、左にーみーみーなりー」 縁側にて最近ハマっている歌を口ずさむと、「んー?」と妖狐の耳が微かに動いた。 「わし、その歌好き。もっと歌ってくれ」 「これはね、天使に向けた歌なんですよ。柚香も俺も好きな歌手で」 自分のお気に入りの歌を誰かに好きだと言われると嬉しい。スイ様は、特別上手でも無い俺の歌を目を閉じて聴いてくれた。そしてなんと、2番のサビをハモってきたのだ。 その的確でなんとも心地よい歌声といったら。 「ちょ...、スイ様。もしやこの歌一回聴いたことあります?」 「...?今初めて聴いた」 「...マジか」 (クッソ...羨ましい。チート音感過ぎるだろ...!) 音楽オタクの俺から見て、スイ様の才能は業界が放って置かないのではと思うレベルだった。そこらのプロとは格が違う。 「わし、悠悟の歌声好きじゃ」 「ええ!?マジですか。おだてても水まんじゅうは出ませんよ」 「ち、違うわ!わしは純粋に褒めてるだけであって...。ああ、でも持ってるのなら貰ってやってもいいぞ」 やっぱり欲しいんじゃないか。出逢ってから日は浅いが、この妖狐の事は大体分かってきた。 例えば、俺が一日遊びに来なかっただけで次の日には拗ねて口をきいてくれない。でも、いつも鳥居の前で尻尾をピンと立てて、待ち伏せてるんだ。本人はツンツンしてるつもりでも、嬉しそうなのがモロバレでさ。なんか猫みたいで、つい構いたくなるんだよなあ。 「スイ様は、何か知ってる歌ありますか?」 「歌か...、歌...ああ」 そこでスイ様は目を少し大きくさせて、まるで独り言かのように呟いた。 「三千界の鴉を殺し、主と朝寝がしてみたい」 俺はその言葉に首を傾げた。 「?何の歌ですか、それ?」 そう問うと、なぜかポカンとされてしまった。 「ん?...わし、今何か言ったか?」 「歌ですよ...。俺が、スイ様に知ってる歌を聞いたんです、それで...」 「ああ、そうじゃったな。あはは、何で忘れてしまったんじゃろか。うーん、わしは歌は知らんなあ。まず覚えるのが苦手じゃしなー」 「そう、ですか...」 明らかにおかしな感じがしたが、言うのが何故か怖かったから、黙っておいた。さっきの言葉は一体何だったのだろう。 後で検索してみようかと思ったが、どうにも「三千世界」と言うフレーズしか思い出せなくて、諦めてしまった。 「悠悟、見ろ。スズメがわしの用意した水を飲んでおる!くっくっく、ひと月も続けた甲斐があった」 「あれ、飲んでるというか水浴びじゃないですか。...や、違う!溺れてる!」 「え!?わっ、本当じゃ!スズメーッ!!待っとけ、今助けるからなーっ!」 血相を変えて、カランカランとスイ様の下駄が鳴る。あの水は、きっと彼なりのスズメへの気遣いなのだろう。9月はまだ残暑で、動物も喉が渇く。だが、あんなにデカイ桶に満タン入れたら、そりゃあ溺れもするだろう。 「ピチュッ!チュンチュンッ!」 スイ様がなんとか掬いあげると、スズメはパササササッと空高く飛んで行った。 「ふーっ。まったく、びっくりさせおるわ。溺れんように飲まんかい...」 桶のサイズは特に問題視せずに、スズメのせいにしていっちょまえにため息をつくスイ様が面白くて、俺は思わず笑ってしまった。 「っは、あははは!」 すると当然、ほっぺたを膨らませて。 「む...何を笑っておるのだ!わしは心臓が止まるかと思ったのに!」 「っくくく...!だって、スイ様、マジで幼すぎるし...あっはっは!」 「悠悟!!」 このほのぼのした時間が、少しずつ俺の日常になってきていたり、する。 スイ様の呟いた奇妙な歌の事は、すでに俺の頭からは抜けていた。

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