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曇天、
ビュオオオオ...。緊張するように冷たい風が、鈴木神社にも吹き込んできた。台風の季節だ。
カタカタと障子が鳴る。スイと京蘭は、縁側にて曇った空を見上げていた。
「悠悟、来るかな」
スイが不安げに尋ねる。
「来ないだろうよ」
空を見つめたまま答える京蘭。
「今日は柚香も来るって言っとった...。な、やっぱり...。今日は悠悟、来んくてもいいかも...」
最後の方の言葉はとても小さくて、かすれていた。だが、京蘭にははっきりと聞こえていた。
スッとスイの方を向き、翡翠色の瞳を見つめる。横から見た妖狐の目は、珍しく憂いを帯びていて、京蘭は眉をひそめた。
「なぜだ。平口の恋人とかいう柚香とやらが来ると、何か不都合でもあるのか?」
『恋人』という言葉に、尻尾がピンと逆立つ。
「わ、分からん...。でも、なんか...やだなあ」
「......スイ、お前、まさか」
コンコン。ビクッと二人同時に音の鳴る方に視線を向けると、社の柱をノックする人間が見えた。
「スイ様ー!こんにちはー、いらっしゃいますかー?」
悠悟だ。
「っ悠悟、!!今行く!」
カランカランと下駄を鳴らし、駆けていくスイ。京蘭は、その後ろ姿を見つめ、目を離さなかった。
(スイ、ダメだ...。もう、その人間に会っては、いけない...)
「スイ様、こちらが柚香です。柚香、スイ様のこと、視える?」
「ううん...。ごめんなさい、分からないわ」
(早く戻ってくるんだ、スイ)
京蘭の念はスイに届いているはずだ。しかし、当人は聞こえていないかのようにこちらを無視している。
「構わん。悠悟、柚香に...よろしくと、伝えてくれるか?」
「もちろん。柚香、スイ様がよろしくって言ってる」
「っ本当!?あ、えと、こちらこそよろしくお願いします!」
柚香は恐らくスイがいるだろう方向に、ぴょこんとお辞儀をした。だが、その向きは見事に外れ。大笑いする悠悟に、あれっ!?と慌てる。
「あははは、柚香、そっちじゃなくてこっち!」
柚香を肩ごと抱いてスイの方に向ける悠悟。柚香はスイより背が小さく、華奢な肩をしていた。
スイの中で、何かがぐちゃぐちゃになった。
「ここ。ほら、今目が合ってる」
「...本当...?」 「うん」
正面から見た柚香は、大きな目で、とても可愛らしい顔立ちで。――スイは、目を背けたくなってしまった。どうしてか、心がモヤモヤする。
(悠悟が好きになるのも、分かるなあ...。わしよりもずっと可愛らしくて、素直で...)
そこまで考えてハッとした。何故、『自分よりも』と比較してしまったのだろう。何故、そう考えて、悲しくなったのだろう。
スイは、だんだんと寒気がしてくるのが分かった。ああ、自分はなんて愚かなんだろうか。京蘭の言った通りに、今日は悠悟に...悠悟と柚香に、会わなければ良かったのだ。
でなければ、こんなくだらない気持ちに気がつく事は無かった。
(京蘭様、京蘭様どうしよう)
「わしは...」
悠悟に――恋を、してしまった。
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