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残念、手遅れ。

気がついてしまったらもう遅い。一気に頰に朱が差し、全身の毛がブワッと逆立つ。両手を握りしめようとするも、震えて言う事を聞いてくれない。 ああ、少々タイミングが悪すぎやしないか。悠悟は今恋人と共に自分に会いに来ているというのに。何故、今気が付いたんだ。こんなの...――こんなの、叶うわけがないというのに。 「スイ様、柚香と境内散歩したいんですけど、一緒に行きませんか?」 スイの葛藤など露知らず、にこやかに誘ってくる悠悟。それが余計にスイを悩ませることと知らずに。 思わずパッと目を逸らしてしまう。 「あ......、す、すまない。二人で行ってきてくれ」 「え?どうしたんですか。...あれ、なんか、顔色が悪いような...」 俯いた顔を覗き込まれて、ブワァァァと顔が熱くなった。慌てて両手で顔を隠す。 「なんでもない!早く、行ってこい...」 泣きそうな声が出てしまい、余計に怪訝な顔をされた。 「スイ様、本当に..」 「いいから早く!!」 「......」 じっと、黒い瞳に見つめられる。スイも、必死で見つめ返した。逸らしたくなるのを堪えて、自分は大丈夫だからと取り繕った。 「...分かりました。柚香、行こう」 ザッ、ザッ...。 砂利道を歩く二人が、どんどん遠ざかってゆく。柚香が、「大丈夫なの」と悠悟に尋ねる声が聞こえる。優しそうな、高い声。悠悟に絡めた、細く白い腕。――傷一つない、綺麗な肌。 全てが、自分とは正反対だ。 水溜りに映る自分の顔。髪をかきあげ、普段は隠している右目をあらわにする。 瞳に刻まれた、『咒』という真っ黒な文字。『呪』の、旧字だ。いつからあるのかわからないこの瞳の文字。生まれつきなのか、はたまた自分は何かの呪いをかけられているのか。 一度、京蘭に聞いた事があった。しかし、はぐらかされて原因は分からなかった。 ......それに、袴の下に隠れた肌に残る、無数の醜い傷痕。どこで負ったのかまるで思い出せないこの傷達は、時折痛む事もあった。 何より、一番恐ろしいのは。 ――自分が、一体いつから京蘭と暮らしているのか、まるで分からないという事だった。 普通、妖狐は妖狐の国で暮らし、一生を終えるものだ。なのに、スイは人間の国にいるうえ、神の世話になっている。おかしいはずなのに、このことについて誰にも触れられたことが無かった。伊吹にも、ふわおにも、うーちゃんにも。 誰かに聞くことは出来なかった。 もし聞いて、お前は本当は此処にはいてはいけない。だから出て行けと、言われるのが、恐ろしかったから。 スイは蹲って、ぎゅっと目を瞑った。右目の文字に、消えろと願いながら。

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