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妖狐の決心
「……スイ」
「………」
後ろから、京蘭様の声が聞こえた。いつもと同じ、涼やかな声。でも、いつもと違う声。
はっきりと分かる。京蘭様は、気づいている。わしの気持ちに、誰よりも早く。
サラ…と、かきあげた前髪をおろして、振り返った。笑おうとしたが、駄目だった。
こちらを見つめる、真っ直ぐな紫。全てお見通しだとでも言うような瞳に、動揺が隠せない。
「…あ…、京蘭様、あの…あのな」
「だからあの人間には会うなと言っていたんだ」
京蘭様の言葉は、いつも真実を突いている。
「今更気づいたか?まったく哀れなものだな、スイ」
獲物を捉えて、離さない。
「これからどうするつもりだ。あの女から平口を獲るつもりか」
「!そんなことせん!!」
ありえない、そんなこと。悠悟と柚香は、とっくにお互いを好いている。それを、あとからでてきた自分が、勝手に奪うなんて。あってたまるものか。
「ふ、どうだろうな。妖狐の独占欲と妬みは恐ろしいくらいだぞ?第一、私の忠告さえずっと無視し続けてきたお前が、今更己の欲を我慢できるものか」
「……っ」
「……昔、お前と同じように、異種族と関係をもって、痛い目をみた人間がいた。
……なぁ、スイ。つがいが欲しいなら、いつでも妖狐国へ帰っていいのだぞ」
「…そうじゃなくて、」
「なんだ」
そうじゃない。そうじゃ、ないのに。
『妖狐国へ帰ってもいい』という言葉が、深く心をえぐってくる。突き放されたようで、嫌だ。
なんで。
なんで、そうなるんだ。
喉まで、熱い何かが込み上げてきた。気持ちを出すのがみっともなく思えて、必死に堪える。
「いいか、お前がきちんと決めなさい。その気持ちを捨てられるのなら、平口と一緒に居ても問題はないだろう。だが、もちろん持ち続けるのなら…容赦なく、私はお前達の縁を切るぞ」
縁結びの神は、縁を結ぶだけではなく、切ることもできる。それも、とても簡単に。
悠悟とまだ一緒に居たい。山菜採りが途中だし、この前のかけっこだってもう一度したい。
――何より…もっと彼を知りたい。
笑顔、怒り、喜び、悲しみ、妬み、全部。
まだ、彼の知らないところが、きっとたくさんある。柚香にしか見せない顔だって、きっと…。
そこまで考えて、心がズキン、と痛んだ。
(わしには、どっちを選ぶことも出来ない)
でも、あと少しだけ。そばにいたい。
「一週間…」
本当に、それで気持ちを決めるから。
「一週間経っても心が捨てられなかったら、悠悟とは二度と会わない」
絶対に。
「……分かった」
決めるから。
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