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柚香
「スイ様ー!ただいまー!」
悠悟と柚香が帰ってきた。片手を繋いだまま、こちらに向かってきている。
京蘭は軽く目を閉じ、いつものように賽銭を数えに戻ってしまった。スイも、いつものように満面の笑みで悠悟の帰りを喜ぶ。
二人が繋いでいる手は、必死に見ないようにと努めた。笑顔を形作って、そのまま駆け寄る。
「おー、お帰り!この神社は案外大きいからな、疲れたじゃろ?ほら、二人とも、座れ」
「ありがとうございます!でも、俺今日はもう帰らないといけなくて」
「んん、そうなのか…。すまんな、引き留めて。はよ帰り」
これ以上笑顔を保つ自身が無かったので、正直ホッとする。
――だが、次の瞬間、悠悟は予想だにしない事を口にした。
「はい、俺はもう帰りますね。じゃ、柚香、あとは楽しんで!早く視えるようになればいいね」
「うん、悠悟君!私、頑張るね!スイ様、よろしくお願いします」
「…え…?」
(ま、待て待て待て。ん?柚香は、帰らない、のか!?)
「それじゃスイ様、柚香、また明日〜!」
たんっと長い脚を弾ませ、悠悟は街へと帰って行ってしまった。
シン……………………………。
仲介人がいなくなった今、スイと柚香はコミュニケーションの取り方がわからなくなった。そもそも柚香は、スイの姿すらみえていない。
「あ、あの。スイ様。いらっしゃったら、何か合図を…。ごめんなさい、やっぱり私視えなくって」
(…合図、…)
どうせなら、このまま柚香とは会話せず、帰ってもらいたかった。が、そんな訳にもいかないだろう。合図と言っても、どうすれば良いのか…。木を揺らすにしても、少々面倒が過ぎる。いちいち登って、枝を掴んで…。
…そもそも、この人間とそこまでして会話をする理由が、スイには分からなかった。
その場にとすんっと座り込み、腕組みをする。
とにかく早く帰ってくれと念じながら。
一方、呼びかけたものの何も反応が来なくて、柚香は困っていた。
(どうしよう…。私スイ様に嫌われてるのかしら。…それとも、やっぱり本当は妖狐なんていないんじゃ…?…ハッ、私ったら何を。悠悟君が嘘をつくわけないもの!)
「ス、スイ様。お願いします、少しだけでいいので、何か合図を…あ、そうだ!」
(い・や・だ)
スイの心は決まっていた。絶対に、合図など送るものか。
「……ふん、やはり醜い嫉妬をいだいているではないか、スイ」
「………賽銭はもう飽きたか」
振り向くと、嘲笑を浮かべた京蘭がスイを見下ろしていた。紫色の瞳が、責めるように刺してくる。
「…なんじゃ、言いたいことがあるならさっさと…「神さま、お願いします!私にスイ様が視えるようにしてください!!」………え?」
気付けば、賽銭箱の前で柚香が手を合わせていた。
フ、と京蘭が笑う。
「なかなか潔ぎが良いな、あの人間。大量に金を貢いだぞ」
「…っ、柚香……!阿保が!」
何も知らない柚香は閉じた目を開き、一人おかしげに笑った。
「なーんて、ね。あーあ、本当に神様が願いを叶えてくれたりしないかしら。
私もバカよね、賽銭に1000円も使っちゃうなんて」
「…フ、良いだろう。そなたの願い、叶えてしんぜよう」
「…え?この声、は…」
どこからか、シャランと銀鈴の音がした。
柚香は、その音を聴いた瞬間、視界が明瞭に開けたのを感じた――。
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