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雪虫 2
「セキ、アレを」
煙草を持つ手を上げると、後ろに控えていた男がスーツの内ポケットから細長いガラスの管を取り出した。
オレの目の前に突き出し、軽く振って見せる。
なんの飾り気もない、頭部に小さな機械?の付いた二重のガラス管のようだ、そして中にあるトロトロとした液体には見覚えがあった。
そこらにゴミのように転がっている二人が、金になるからとオレから毟り取っていった まぁ、あの、アレだ。
「 そんなもん ポケットに入れるなよ」
見せられた自分の欲の名残を見せられて動揺してたのか、つるっとどうでもいいことが口をついて出た。
でも人の精液を懐に入れておくなんて、気持ち悪くないんだろうか?
「う 俺だって、持ち歩きたくないよ、こんなの」
しかめっ面をして顔を背ける男の首に、チョーカーが見えた。いや、首筋を覆うサイズを見ると、実用本位のΩ用の首輪だ。
「あんたオメガか。どーりでアルファの臭いが染み付いて っ」
顔面を蹴り飛ばされて吹っ飛んだとわかったのは、革靴の底の感触が喉を潰してきたからだ。呼吸しようと吸い込んだが水っぽい物が気管に流れ込む感じがして、盛大に噎せた。
赤い飛沫が飛び散って、慌てて指で触れると鼻からダラダラと血が出ている。
「オメガ相手だと態度がでかいな。さすがアルファ様だ」
ちょっと爪先に力を籠められると気道が塞がる。
オレを見下ろしてくる屈強な男は、冷たい目のまま煙草に火をつけた。
「めずら しくなんか、ないだろ?あんただって、アルファのくせ っ」
息が止まって、喉を踏み潰す勢いの革靴を引っ掻いた。
オレなんかが見たこともないような高価な物だとはわかるが、このまま踏みつけられて窒息なんて冗談じゃない!
もがいて、もがいて、
床の上で暴れていた足に力が入らなくなる頃、Ωの男に引き剥がされてやっと呼吸ができた。
オレを引っぱってくれる手にすがって起き上がると、まだ止まってなかった鼻血がボトボトとその手に落ちた。
こんな間近で純粋なΩなんて初めて見たが、噂通りの綺麗な顔の作りをしていて、肌の綺麗さとか同じ人間じゃないんじゃないかと思う。色も白くて、オレの血が汚してしまったのが申し訳なくて慌てて袖口でそれを拭いた。
オレの汚い服で拭いたら逆に汚れそうな気がしなくもなかったが、綺麗にできるものがそれくらいしかない。
「ごめん 」
「やり過ぎです、死んでしまっては ぅわっ」
華奢とは言え人ひとりの重さはそれなりにあるはずだ。
けれどそんなことを感じさせない動作で、大神はΩを片腕だけで持ち上げた。
「わっ!おお、が 」
「洗い流してこい」
オレの血のついた袖口と、ぬぐいきれなかった手の血を見る視線の冷たさは背筋を凍らせるのに十分で。
固まったのはオレだけじゃなかったようで、Ωも下されてからしばらくギクシャクとした動きでオレと大神を見比べていたが、威圧感のある視線に背中を押されたのか、渋々と扉へと向かった。
「そんなに他のアルファの臭いがつくのがいやなんか?」
そう言うと大神はちびりそうなくらい厳しい顔を向けてきた。
鼻血はまだ止まらず、踏まれた喉は痛みが酷い。ここまでやられたら、あとはどうにでもなれ……と悪態を吐いた。
「あのオメガから臭ってんのってあんたの匂いだろ」
「鼻のいい アルファ様だな」
揶揄うような声で言った後、大神は煙草を取り出して火をつけた。
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