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雪虫 13
その作業を傍で見ている雪虫に尋ねると、沈黙の後にこくりと頭が下がった。
「悪い人じゃないと思うけど」
まぁ、稼業を考えればそうじゃないんだろうけど。
少なくとも包丁持っていきなり家に飛び込んでこないだけ、悪い人じゃない。
「あの人怖い。大神も」
「それは分かる。じゃあ瀬能先生は?」
「 誰?」
認識すらしてなかったか……
「セキは、大好き」
「……」
この流れで自分のことを聞いて拒否されるのはちょっとアレだなと思ったから、何も聞かなかった。
「それは何?」
伸ばす手を引っ込めてしまうのは、触っていいか分からないからか、それとも馴染みがないからか?
「絵本 と、ハンドブックと、あとは専門書だな」
ハンドブックと専門書は分かるとして、絵本ってなんだ?いい年して今更?学がないのはバレてるだろうけど、さすがに絵本はないだろう。
でも綺麗な表紙に思わず手が伸びた。
絵本を買ってもらえるような家じゃなかったからか、触れる機会は少なかったけど、そんなオレでも見かけたことのある有名な絵本だ。
「それ綺麗だな」
「うん?うん」
『金の王子、銀の王様、銅の騎士』
カバーにつけられている帯を見てみると、バース性の話らしい。
絵本からなら入りやすいと考えたんだろうか?それならこの本は雪虫が読むべきだ。
「じゃあこれ。前に言ってたバース性の話だから」
手渡した絵本を曖昧な表情で見下ろし、表紙の金の王子らしいキャラを指先でなぞる。綺麗だと言っていたくらいだから、興味がないなんてことはないはず。
イラストを散々撫で回してから、雪虫は表紙をめくった。
目はページの上にあるのにやっぱり表情は微妙で……
「好きじゃない感じか?他にも『花のオメガ』とか言う絵本もあったから 」
「うぅん。もういい」
緻密な絵で描かれた絵本は色とりどりで、色の薄い雪虫がそれを胸の前で抱き締めると絵本の存在感の方が大きく感じるくらいだ。
「どうした?」
小さく首を振った後、雪虫はそれを抱えたままソファーの方へと行ってしまった。
追いかけて問い質すこともできたけれど……直江の時と同じように仕事だと割り切った。オレに求められているのは身の回りの世話で、それ以上じゃない。
どさくさで親元を離れた以上、なんとしてでも生活して生きていかないと、だ。
日本人口の全体の約70%が無性、後の約29%とちょっとがβで、ちょっとの部分に貼り付いた0.2%くらいがα、そして一番数の少ないΩは全体の0.1%程 らしい。
コミカルに描かれたハンドブックは他の専門書に比べれば読みやすかったけれど、どうにもならない数字がオレを悩ませる。
この数字が出ると、どうにもやる気を削がれてしまう。
「あー……もー 別に今更勉強とか」
碌々まともに授業を受けてこなかったせいで、こう言うのを読むのは苦手だ。
別に読めなくとも生活できるし問題はないと思ってる。
目頭をぐりぐりと押さえて、とりあえず一旦休憩にするべく立ち上がった。例のお茶でも飲んでひと息ついて、そうしたら夕飯の準備でも始めよう。
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