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雪虫 14
昨日、竹の子が美味そうだったから買ってきておいた。季節物だし、歯応えのある物が好きだ。携帯電話でレシピを調べながら、自分自身で随分成長したと自画自賛してしまうのは、それ以外に褒めてくれる人がいないからで……
エプロンを結ぶのにも四苦八苦した。
最初は味付けの仕方がわからなかった。
切り方の種類がわからなかった。
塩分の計算も、段取りも良くなくて。
それでもできるようになるオレ、エライ!
「それ何?」
見た目通り足音まで軽い雪虫は、竹の子を物珍しそうに眺めてからオレを見上げてきた。
「竹の子」
「たけの ?」
本当にこいつは今までどうやって生活してたのか……
「竹の なんになるんだ?新しく生えてくる奴。芽かな」
「め?」
一緒に生活するようになって、少しはオレに慣れたらしい雪虫は、気が向けば近寄ってくるようになった。
「美味しいやつ」
「 」
ただやっぱりオレの手料理は気に入らないらしくて、食事の度に眉間に寄る皺を見るのは変わってなかった。
この間の健診で、ちょっと体重が落ちていると瀬能から注意されたばかりで……どうしたものかと悩みのタネだ。
「細っこいんだからもうちょっと食べてくれよ」
「 わぁぁっ」
今にもズボンがずり落ちそうな細い腰を掴むと、バチンと思いっきり横っ面を叩かれて、思わず痛みで蹲ったオレの手の中からするりと雪虫が逃げた。
「 ぃった」
「い、いきなり何すんの!」
いきなりはこちらのセリフで、思わず涙目になって雪虫を見るも、オレ以上に向こうの方が泣きそうで訳わからん。
「 っ」
続けて何と怒鳴られるかとも身構えたが、ぷぅっと頬を膨らませて雪虫はリビングの方へと行ってしまった。
「なん なんだよ」
ここ数日、特にイライラしているように見える。調子が悪いのかどうなのか?
「……あとで先生にでも連絡入れとくか。 っ」
細い手で叩かれたせいか、ヒリヒリとした痛みの残る頬を撫でていて気がついた。
微かに匂う。
甘い、甘い、ただただ甘い……
雪虫に触れた掌からだ。先ほどまで触っていた食材とは明らかに別次元の匂い。
「あいつ 」
エプロンのポケットに突っ込んでいた携帯電話で掴み出して、急いで瀬能のボタンを押した。
昼過ぎに電話して、瀬能が駆けつけたのは夕方だった。
家の前で車の止まる音がして、顔を上げたら運転席から降りてくる瀬能と目が合った。
相変わらずの胡散臭い貼り付けたような笑顔と、高そうなスーツは乱れもない。
「そんなトコでどうしたの?ぼくを待ちわびててくれたー?」
「や あの、中にいたら良くないなって」
手についた雪虫の匂い、あれは間違いなく発情期のフェロモンの匂いだ。
手の中に未だ残る匂いに、ざわざわと心が落ち着かないのはそう言うことだ。
「ヒートだから?」
「ん。オレ一応アルファなんで」
瀬能は一瞬考え込むような素振りを見せてから玄関ドアに手をかけた。
「あっ!あんたちゃんと抑制剤飲んだんだろうな!」
その確認をしていなかったと、ノブを掴んだ手を払い除けて扉と瀬能の間に割り込んだ。オレよりも大きい瀬能を見上げて、万一を考えてぐっと力を入れた。
「君、ハンドブック読んでないね?」
くすりと笑われて腹が立ったが、実際まともに読んでないのは事実だった。
「バース性を診る医師は無性じゃないとダメなんだよ」
「えっ」
「ほら退いた退いた」
勝手なイメージで医者は腕っ節が強くないって思っていたが、思いの外強い力で押し退けられて驚いた。
「君は?」
入るのか?
入らないのか?
何のためにオレが外で待ってたと思うんだ。
「外にいます」
「そう、寒いだろうから車乗ってていいよ」
投げて寄越された車のキーのエンブレムを見下ろして、小さくその背中に礼を言った。
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