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雪虫 15

 不機嫌に頬を膨らます雪虫の隣に座り、なんとなくで謝った。 「ごめんって」 「理由もわかんないで謝ったってダメだからね」  青い目が眇められて……  心当たりは瀬能を呼んだくらいか? 「診てもらった方が安心だろ?」  そう言うと雪虫はもっと不機嫌になってしまい、勘弁して欲しい。 『ヒートはもう終わってるね』  そう言われた時の驚きを、こいつはわかっているんだろうか?  つまりオレは、発情期の雪虫とずっと一緒にいたと言うことだ。今日嗅ぎ取った匂いは残り香で……全然気づかなかったとか、地味にショックがデカい。 『オレ、アルファとして不能なんすかね?』 『そう言う話じゃないよ』  お香も焚いていたし、お茶も飲んでいたからそのせいだと瀬能は言ったけども、膨れたいのはオレの方だ。 『ここ数日イライラしてたように思えたのは、ヒートの為だった可能性があるね』 『え  じゃあ、かわ      ……とか思ったのは、そのフェロモンのせいってことか?』 『聞いてないんだっけ?雪虫はフェロモンがほとんど出ないって』  あの時の生温い瀬能の目を思い出して、慌てて首を振った。 「とにかく、なんかいつもと違うって思ったら言ってくれ」 「  なんで、あんたに言わなきゃいけないんだよ」  頬を膨らませた上に唇を尖らすと、すっかり人形のようだった雰囲気が消えて。 「心配だからだろ!」  きつめに言った言葉に驚いたのか、雪虫は飛び上がってこちらを見た。頬の膨らみも消えて、尖った唇もなくなるとまた人形のようになるのかなって思ってたら、思いの外…… 「かわ  ──」  つるっと出そうになった言葉以外を探そうとしたが思いつかず、こちらをじぃっと見上げてくる青い両眼に観念するしかなかった。 「──いい」  変なことを言ったと、自覚はあったけれど、誤魔化せない。 「え  」 「  可愛いって言ったんだよ」  つっけんどんな言い方だったのに、長くて白い睫毛が瞬いて……  小さくはにかんだ。  野良猫に懐かれたらきっとこんな気分なんだろう。後ろをちょこちょことついてくる雪虫を振り返ると、ぱち と目が合って、なんとなく笑ってしまう。 「なんか用事か?」  洗濯カゴを横に置いて改めて向き直ると、さらさらとした髪の間からつむじが見えた。 「んー   」  胸の前に色鮮やかな絵本。  なんとなく雰囲気で察して、トントンと絵本を指で叩いた。 「洗濯物干し終わったらな」 「わかった」  嬉しそうに笑うと目の縁が少しだけ赤くなるのを、セキは知っているんだろうか?  あのヒートに気付いた日からこちら、雪虫の態度ががらりと変わった。今までの警戒するような部分がなくなって、会話も増えたし距離も縮まった。  食べ物の好き嫌いはまだだけど……それは追々食べさせて行くことにした。 「『お星さまのお城に住んでいる金の王子は   』」  もう空で言える絵本。  オレが喋るのに合わせて、隣で雪虫がぺらりとページをめくる。 「ちょっと早い」 「え、あっ」  注意すると慌ててページを戻し、指先で文章をなぞった。 「『銀の王さまは言いました   』」  絵本を渡して微妙な顔をしていたのは、雪虫が文字が読めなかったからだと気づいたのはついこの間のことだ。  やっぱりバース性について不思議そうに尋ねてくるのに疑問を持ってみれば、絵本を差し出して「分からない」と呟いた。

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