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雪虫 16
さすがに絵本なら、ろくに学校に行かなかったオレでも読める。
今のこの社会で、絵本が読めないなんてことはあるんだろうか?
世話だけが仕事と割り切って見ないようにしていたが、この生活自体がおかしいことだらけだった。
「『 おしまい』」
最後のページを閉じて、雪虫は満足そうだ。
「……なぁ。お前はここに来るまでどこにいたんだ?」
ひと瞬き、ふた瞬きしてから、どこ?と返してきた。
それを聞いているのはオレのはずなのに、バカバカしい質問をしたと言われた気分になる。
「 ……はぁ」
両手を投げ出してソファーへ仰向けに倒れ込んだ。
弾力のいい座面は気持ち良くて、そうやって転がると体が伸びる気がしてリラックスできる。
「また、変なこと言ったかな?」
突然寝転がったオレの行動が不思議だったのか、天井に向いていた視界にひょこんと雪虫の顔が飛び込んできた。
顔立ちはΩらしい華やかでこじんまりとした感じで、青い目を縁取る睫毛は白くて長い、同じ色の眉と、やや金色がかった髪。
あと、オレを見る時に少しピンクになる頬。
「いいや。そんなことない」
さらさらとした髪が動いて、雪虫の耳が胸に触れた。
低い体温の、ひんやりとした耳朶。
「心臓の音聞こえるね」
「聞こえなきゃ一大事だろうが」
「そうだね」
胸の上にある重みが呼吸と一緒に緩やかに上下する。動く度に零れて顔にかかる髪を、ひと掬いずつ耳にかけてやると、くすぐったそうに目が細くなった。
「あったかい」
そりゃそうだ と、声に出たかわからない。
ただ胸の上の重さが気持ち良くて、それに釣られて瞼を閉じたのを覚えている。
軽い けど、重い。
自由にならない体の上に乗っかった重りを無意識に撫でる。
細いのに手を下げると柔らかい。
その柔らかいのが気持ち良くて、むにむにと揉んでみた。
「ひゃっ」
「ひゃ?」
ぱちんっと勢いよく開いた目で見下ろしてみれば、オレの上で丸まってる雪虫が見えた。
金色のつむじがそろそろと揺れて、青い目がちらりとこちらを見上げる。
「 何してんの?」
「こっちの言葉なんですけど」
「あ?」
かぁっと顔を赤くする雪虫に促されて両手のある位置を見ると、未だしっかり雪虫の尻を揉んだままだった。
やらかしてる とは思いつつ、予想外の弾力の良さに手が止まらない。
「おー……やわー……」
「ちょ、やだ、やめてよ!」
「いや、だってさ 」
ぽこん と胸を叩かれて、涙目になっている雪虫に観念して手を離す。
ちょっと名残惜しいけれど、まぁ仕方ない。
「へんたいっ!」
ぽこぽこと胸を叩かれるも全然痛くないのが不思議だ。
「あーはいはい」
「なんでこんなことすんの!」
「じゃあなんで上に乗っかってるんだよ」
あくびを噛み殺して元凶の行動を指摘してやると、痛いところをつかれたのか答えに詰まって開いた口を閉じてしまった。
むぅっと尖った唇から何か聞けるかとも思ったが、結局言い訳は聞けなかった。
「ほら、ちょっと退いてくれ」
華奢すぎる雪虫の重さなんてあってないのも同然で、上から退かすのに苦労は要らない。ちょっと不満そうだったが、寝起きはちょっとよろしくない事情がある。
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