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雪虫 21

 言おうかどうしようか一瞬だけ迷ったが、セキを元気付けたくて口を開いた。 「なぁ、オレがセキと出来るだけ距離取ってるのわかってる?」  半径一メートルか、できれば二メートルは離れていたいと思ってしまう。 「? 一緒に台所立ってるのに、ちょっと遠いかなとは思うよ?」 「あんたから、物凄いアルファの威嚇フェロモンが出てるんだよね」  チクチクとした不快感。  我慢してできる物ではあるけれど、自然と避けたくなる。  そんな匂いがする。 「えっと……?」 「近寄んな、触んな、って匂い」  そんな匂いをマーキングされていたら、普通はビビって逃げ出すわ。 「   雪虫と一緒で 俺も大神さんに保護された立場だから、心配してるだけだよ」 「独り占めしたーいって感じなのに?」 「    っ」  かぁ っと顔を赤くして、セキの手元から更に派手にカチャカチャと音がする。  欠けやしないかとハラハラしたが、嬉しげに唇を引き結ぶセキを見てるといい気分になってくる。鬱陶しい臭いばかり拾って嫌な思いもした嗅覚だけど、こうやって役に立つのは、やっぱり嬉しい。 「オレから言わせりゃアルファの独占欲丸出しだけど    」 「喧しい」  ピリッとした空気に、オレだけじゃなくてセキの笑顔も引っ込んだ。リビングに通じる入り口で、不機嫌そうな目がこちらを睨んだ。 「すみません  すぐ持っていきます」  竦んで動けないオレとは違って、セキはすぐに盆を持って動き出した。気まずい空気に動くことのできないオレの側まで来て、大神が身を屈める。 「俺はアルファじゃあない」 「は ?」  のしかかってくるような存在感に気圧されて、よろりと後ろへ下がる。 「自慢の鼻も、間違えるんだな」  ひやりとする目で睨まれて……久しぶりに同世代の人間と話ができて浮かれていた気持ちが萎んでいく。  深淵を見てきた人間の目はオレが思っているよりも鋭利で、見られているだけで倒れそうだ。 「そん、そんなはず、ない」  指先が震える。  そうだ、この男の生業をうっかり忘れていたらしい。 「    ぁ、の 」  肉食獣に見つかったような不安感に、うまく息が吸えない。  見えない何かに圧迫されて、心臓すら 言うことを聞かない…… 「  大神くーん、君、前途ある若者に凄むんじゃないよ」  指輪をはめた手が振り下ろされて、オレを睨む大神の視線を遮ってくれた。  は  と急に肺に息が入る感覚がして、嫌な汗が脇に流れる。 「ぼくお腹空いたよ。ねぇ?しずるくん」 「あ、えと  はい」 「スゴく美味しそうなの、温かいうちに頂こうよ」  へらりとした胡散臭い笑顔が今は頼もしく見え、大神との間に入ってくれたことに感謝した。 「    っ」  震えで膝が笑う。 「   先食べていてください。雪虫の様子見てくるんで」  さっきの今で、大神と一緒に食事をできる気がしなくて、体の良い理由を上げて背を向けた。  

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