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雪虫 22
常夜灯に照らされた雪虫の顔色は判断がつかなくて、苦しそうじゃなければいいな と、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。
いつもと変わらない顔なのに、微動だにせず横になっていると最初に見た時のようにどこか人形めいて、呼吸を確認するために手を口元に近づける。
「息、大丈夫だな」
よく眠っているのか、起きそうにはなかった。
だからと言ってすぐにそこを離れる気にもなれず、その寝顔に視線を落とした。
銀に近い金髪に青い目。
瀬能から聞いたわけじゃないから正しいかわからないが、自力で調べてみたら色素がないとそうなるらしい。
セキと同じく大神に保護された、Ω。
何のために、ここで暮らしているんだろうか?
人形のように思うのだから、綺麗な顔なんだと思う。オレはどちらかと言うと可愛らしいと思うのだが、職人が作り上げたような顔立ちだ。
ひやりと胸の内が冷えるのは、先程大神が見せた稼業の顔のせいなのか……
大神は、雪虫をどう扱うつもりなんだろう?
保護したとは言ってはいるが、到底そんな健全で善良な人間には見えない。
セキの体には大神の匂いがべったりとついていて、ソレがどうやってつけられたか分からないほど初心じゃない。
雪虫と同じように『保護した』セキは、
「…………」
ぶるりと震えがくる。
雪虫にあの攻撃的な臭いがつく、と?
それを思っただけでダメだった。
いらっとして、起こしてしまうかもしれないと分かってても、柔らかに常夜灯を映す髪を掬いとる。
さらさらとした、細い、金糸のような髪。
「雪虫」
名前を呟いて顔を近づけると、ここに来た日に嗅いだ香りがした。
石鹸の香りでも、柔軟剤の匂いでもない。
「ああ、 雪虫の匂いだったのか」
なんの匂いかは答えられなくて困るのだけれど、すっきりとした、甘い……
微かに睫毛が動いたことに突き動かされて、身を乗り出して熱があるせいか少し汗ばんだ額に唇を寄せた。
甘い、雪虫の匂い、
「早く熱下げろよ」
起きてあの青い目でこちらを見てくれるかもしれないと期待したが、柔らかにふぅと息を吐いてまた深く寝入ってしまったらしい。
指の間から名残の髪がこぼれ落ちていく。
食卓に戻ると、鼻歌を歌って機嫌の良さそうな瀬能が一人で座っていた。
「 あの、二人は?」
「お風呂に行ってくるって。食休みくらいすればいいのにねー?」
はぁ?しれっと二人で行ったと?
今後風呂に入りにくくなるような使い方をしないでくれると嬉しいと思いながら、瀬能の前に座る。
「 あの、えっと……雪虫のこと、ありがとうございました、すぐ来てくれて、助かりました」
「うん。こちらもここの所、落ち着いてたから油断しちゃってたよ。このまま何事もなく落ち着いてくれるかなって期待してたんだけど」
ラップで覆われた夕食をなんとなく眺めながら、この人ならわかるだろうかと、そろりと尋ねてみることにした。
「雪虫は、これからどうなるんでしょうか?」
「んん?元気になってもらわなきゃ、困るよ」
「いえ そう言う意味じゃ、なくって」
言葉を探すがうまい言い方が見つからず、何度か口を開きかけたが言葉にならなかった。先生はそんなオレを急かすでもなく、ネクタイを緩めながら根気よく待ってくれている。
「 大神さん は、雪虫をどう扱うんでしょう」
「どうとは?」
セキのように扱うのかと、問いかけることは簡単だったけれど、漠然とした想像だけでも眉間に皺が寄るのを止められない。
「君、初恋?」
「は はぁ⁉︎そんな話してないだろ!」
「いやぁ初々しいからさぁ」
胡散臭い笑顔が消えて、穏やかな笑い方だ。
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