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雪虫 29

「なぁ   先生達は、なんでオレに良くしてくれんだ?」  瀬能の動きが止まり、ゆっくりとした動作で視線が上がる。  緩慢なと言ってもいいようなその動きは、言葉を選ぶ時間を探しているようだった。 「ただのボランティア   って言っても信じないだろう?」  胡散臭い笑みを貼り付けたせいか、余計にその言葉が信じられない。 「  運命と  ──」  目は笑ってない。 「──  バース性を憎んでいるから」  そう呟いてから、オレがいることを改めて認識したかのようにびっくりして目を見開いた。  一瞬漏れた、それが本音かもしれないと身構えた時、ぷっと瀬能が吹き出した。 「  ちょっとぼく、カッコよくない?」 「よくはないです」 「えー!」  いつものノリの、いつも通りの表情で瀬能は帰っていった。  ただ、一瞬見せられたあの表情が気にかかって……    オレは今、大神と同じ表情をしているんだと思う。  雪虫がセキに懐いていたのはわかっていた。  セキがいい、セキがいい、と言われた昔もいい思い出だと思っていたが、目の前で実際べったりされるとなんとも言えない感情が芽生えてくる。  セキにご飯を食べさせてもらっている雪虫を見るオレと大神は、複雑な感情を持て余していた。 「セキ!あーん」 「ちょっと待って……はい、あーん」  ふーふーと甲斐甲斐しく粥を冷まして、雪虫の口に入れてやるのを止めるのもアレだが、黙認するのもアレな感じで眺める。 「仲……いいな   」 「そうだな」  二人の仲の良さがそう言ったことではないのは百も承知だが、ソレはソレ、コレはコレ。  αの性質傾向として、独占欲ってのがあるらしい。らしいって言うのは、本に載ってたからって話なんだけど、αは自分の種をより多く残そうとするから、番にしたΩとか狙っているΩとかを独占したくなる傾向があるらしい。  オレの感じているのも多分ソレだろうなぁ。  例え同じΩでも臭いのつくような距離にいて欲しくなくて、ヤキモキしてしまう。  堪らず、お茶でも淹れるふりで台所に逃げたオレを追うように大神が来て、換気扇の下で煙草を手にして固まった。雪虫が隣のリビングにいる今、セキに禁煙と言われていたのを思い出したようだ。  大きな掌でくるくるとシガレットケースを弄んでいる。 「  聞きたいことがあるんだけど」  二人の声で騒がしいリビングとは違い、こちらは湯を沸かす音だけで静かだった。  食事は当分続きそうだし、こんな機会は滅多にないだろう。 「今朝、雪虫がたくさんの中からオレを選んだ  みたいなことを言ってたんだけど、それって何のこと?」  セキに止められたせいか、煙草を吸っていない大神はイラついているように見える。  コレは、失敗だったかもしれない…… 「    試験管を覚えているか?」  押さえつけられて無理矢理勃たせられて、アレに出さざるを得なくされた記憶は、なかなか忘れられなくて、事あるごとに思い出しては頭痛を引き起こす。 「アレが夥しい量、見つかった」 「見つ   って、あれって違法なんじゃ⁉︎」 「もちろん。ただ   廃棄する前に、試したんだ。運命とやらを」  この人の口からそんな言葉が出てくると、運命を試すどころか拳で殴って二度と立ち上がれないようにしそうだけれど。 「あれは、自力では番を探しに行けないからな」  ここでもそうだ。  この人たちは、オレにも雪虫にも、なぜこんなに手を貸してくれるのか…… 「それで、オレ?」 「匂いなんて、漏れないようになっているはずなのにな」  他には見向きもしなかった  と、追加のように告げた。  それがどう言う事なのか確証はない。

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