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雪虫 31

 影になってか、先端の仄赤い火だけがやけに鮮明で……  はっきりとした目鼻立ちに、険のある両眼が伏せられて、恐怖を覚えつつも見入ってしまう顔だった。  ちり  ちり  と火が移り、煙草の匂いの合間に、荒い男の香水の匂いが鼻をついて香り、妙な動悸に顔が赤らんでいく。 「今のうちから慣れておくといい」  オレから火を移し終えた煙草を咥えて、悪い顔で笑って立ち上がる。  このおっさんは…… 「どうした」  腰が抜けてるんですよとは、プライドが邪魔をして言えない。  咥えさせられた煙草をモゴモゴと動かしながら、「なんでもないです」と呻いて返すしかできなかった。  セキを泣いて引き留めはしなかったけれど、膨れて拗ねてしまった雪虫の隣に腰を下ろして、絵本を読もうか?と促してみる。  けれど首を振られ、打つ手無しでこちらが項垂れるしかない。  隣に、少し温いような雪虫の体温。  頬は拗ねたまま膨らんでいるが、可愛い。  ……くっそ可愛い! 「オレがいるだろ?」  なんだか面倒臭いカレシのようだけれど、今朝あんなにしがみついてくれたんだからこれくらいいいだろう。 「セキとしずるは、違うもん」 「違うけど、オレじゃダメか?」  身長差のせいか、どうしても上目遣いで見られて……  思わずこちらに引き寄せて、雪虫のこめかみに頬をつけた。 「大神の臭いがする」  すんすんと鼻を鳴らした後、残念そうな顔をして身を引かれると、やましいことは無いはずなのに煙草を吸わされたあの一件が後ろめたく思えてしまい。  言い訳するのも、謝るのも違うだろうし、途方に暮れて肩を落とした。 「あー……な?気分転換に一緒に買い物行くか?」 「買い物?」  ぷっくり膨らんでいた頬が治まって、青い目がオレを見た。 「行くか?ずっと家の中じゃ飽きて来るだろ?」 「   そと?」  問いかけは小さな子供のようにシンプルで、そう言えばここに来てから雪虫が庭にすら出たことがないことに気がついた。 「  でも、大神がダメって言ってた」  長い時間日に当たらせないようにと、確かに注意を受けたのを覚えている。  でも今日は曇りだ。  暖かくなって来ているとは言え、日差しがきつい季節でもない。 「じゃあ散歩だな」 「さんぽ?」  はにかみながらの問いかけは、それが雪虫の興味を引いたのだと教えてくれて。 「    そう言えば 」  玄関まで来て気がついた。  雪虫の靴を見たことがない。 「靴は?」 「くつ?」  一足もないなんてことがあるんだろうか?  もしやと思いながら下駄箱の中を見てみると、やっぱりがらんとしていて何もない。 「……」  違和感にぞくりとしたものを感じたが、嬉しそうにしている雪虫を見て気づかないフリをした。 「    えっと   ちょっと待ってろ」  ベランダに出るためのスリッパをオレが履き、紐で調整のできるスニーカーを雪虫に履かせる。 「おっきい」  限界まで紐を締めてもオレの靴だと脱げてしまいそうだ。けれど雪虫にはそれが面白いらしく、一、二歩歩いては可笑しそうにそれを見ていた。

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