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雪虫 33
インターフォンに映ったのは、白いセーラー服の少女だ。
「あ!こんにちわぁ」
音割れしそうな程の声量の挨拶。
パチリとしたどんぐり眼が、興味深げにインターフォンのカメラを覗いているのが見える。
「ご指名いただきました、水谷でぇっす!」
派遣イメクラかな……
「わんこくんには、いつもお世話になっておりまっす!」
わんこ と聞いてすぐに理解できなかったが、大神が狼になり、犬になってわんこかと理解した。
あの図体の男をそう呼んでしまえるとは、怖くないんだろうか?
「よろしくお願いしまぁーすっ!」
ただの美少女だ……あの人こんな趣味もあったのか……
「 今、開けます」
直江が家の周りに居るとわかった以上、この人が客に間違いはないんだろうが。
動きやすい服装をと言われたが、『運動』って……なんの『運動』?
なぜ、セーラー服?
「お待たせし 」
内鍵とチェーンを外し、扉を開きかけた所までだった。
────そこで、オレの記憶は一旦途切れている。
頬に当たる水が雪虫の涙だと分かったのは、寝かされているオレを覗き込んでいる顔が見えたからだ。
「雪虫⁉︎」
飛び上がろうとしたが出来ず、回った視界に呻いてまた倒れた。グラグラとして気持ちの悪い視界に、ほとほとと泣く雪虫が見える。
「ちょ 何があったの?」
自分が横になっていると言うことはわかった。立ち上がれないと言うこともわかる。
でも、どうしてこうなった?
「わかんない 」
顔に落ちる涙がくすぐったくて、雪虫の頭を撫でた。
「なんかわかんないけど、大丈夫だから。泣きやんでくれよ」
「起きましたか?」
直江の声に視線だけ動かすも、それも気持ち悪くなるので断念した。
「どこか痛むところはありますか?」
「 顎、が 痛いかな」
「それ以外は?」
目が回るくらいで他には特に異常はないように感じるが、事情がわからず不安でしかない。
雪虫の隣に直江の顔が見え、「大丈夫そうですね」と言ってまた消える。
「何がなんだかわからないんだけど 」
「客が来たでしょう?」
「あっ!あの人は⁉︎」
「60分経ったので帰りました」
本当にイメクラだったのかもしれない……
「あの、どう言うこと?」
「『警戒もせずに開けるなんてメッだよ!』とのことでした。語尾にはハートをつけて欲しいそうです」
異様に高い再現率とハートはどうでもいい。
「 つまり?」
「出会い頭に顎を叩かれ脳震盪を起こして倒れました。念のために今晩は私がここに詰めますので、ゆっくり休んでください」
相手の顔を直接見る前に殴られた?
「は ぁ?」
「腕が入るだけ扉が開けば、どうとでもなりますから。しかしちょっと あれですね、思っていたより、こう言うことに慣れてないんですね」
「一般人だからな!」
普通の人間は家の玄関を開けようとした瞬間、昏倒させられる体験なんかしない。
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