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雪虫 38

 昨夜のことが響いたのか、直江が朝に様子を見に行くと雪虫は熱を出していて、ベッドの上で蹲るようにして唸っていたそうだ。  そうだ と言うのは、オレは会いに行けなくて、部屋で謹慎状態だから。 「  んで、こっちがアルファ用抑制剤、一日朝夕一錠ね。あとこれもおまけね」  飽くまでもいつもと変わらない調子の瀬能が、錠剤とシールのようなものを渡してきた。 「これは?」 「経皮吸収型の抑制剤。皮膚に貼るんだよ?こっちは一日一回ね、かぶれるかもだから同じ場所に貼らないように」 「……これで、雪虫に会えるの?」  答えをわかっていながら問いかけると、瀬能の表情は曖昧だ。 「これから、雪虫のフェロモン値を調べようかなぁと」 「それで?」 「劇的に増えてるようなら、会わないほうがいい。増えてないようなら、やっぱり会わないほうがいい」 「なん、 なんでだよ!」  問いかけながらも、答えは自分が一番良くわかっている。 「増えていたなら、君を誘うために増えたんだろうけど、君のフェロモンを受け取る準備ができてないから雪虫自身は発情しない。ヒートは精神物理共に受け入れるための体の変化でもあるからね。欲情するのに発散できないって、辛いのわかるよね?」  瀬能はテーブルに出したメモに見慣れない漢字を書いてオレに見せた。困った顔をしていたのがバレたのか、その上に読み仮名を振ってくれた。  『鋤鼻器(じょびき)』 「バース性の人間はこれが発達……と言うより退化してない。特にアルファだね。フェロモンを出すのは汗なんかで普段からできるけど、受け止めるにはこれがいるから、雪虫はこれが鈍感なのか  」  それから、先程の文字の下によく分からないものを書いた。  『( )→Ω→α→Ω』 「オメガが欲情して、それにアルファがつられて、そのアルファのフェロモンでオメガが発情に入る  と、言われているんだよね」 「この、前のカッコは?」 「これはねぇ、実はこの前段階があるんじゃないかと言う仮説があって  って、これは追々の話だね」  瀬能は二本線でそれを消し、指を一本立てた。 「それからもう一つの雪虫のフェロモンが変わってない場合。量は増えてないのに君が雪虫のフェロモンに過剰反応してしまっている状態。攻撃性も見られるし、受け入れることができない状態の雪虫に襲いかかる可能性もある。雪虫に無理強いしたら良くないのはわかるよね?」  そんなことするわけがないと笑い飛ばせないのは、昨夜の衝動が忘れられないからだ。  思い出すだけで、脳をチリチリと焼くような……  もしあの時、直江がいなかったら?  異常を察してきてくれなければ、雪虫一人ではオレから逃げられなかったはずだ。 「直江くんの話を聞く限り、こっちじゃないかなぁと思ってるんだけど」 「  オレ の方で、なんか対策はないの?」 「抑制剤くらいかなぁ  ただなぁ   」  眇めた目で見詰められ、居心地が悪い。 「運命の相手とやらには効かないって聞くんだよなぁ」 「効かなかったら?」 「八方塞がり」  雪虫が薬品の類を受け付けないので、一番いい対処としては最初に瀬能が言ったように、会わないのが一番だと。

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