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雪虫 47
酢を嗅いだ時のような、鼻の奥や目に来る刺激に突っ伏して呻く。
「なんかわかんないけど臭い‼︎なんだコレ、すごい異臭がする!」
「じゃあ次ー」
「聞けよ!」
喚くも笑顔で次を指差されてそれを手に取ってしまう辺り、お人好しだ。
「 コレ、は。セキのだ。ヒート直前の」
「次行こうか」
「こ っれはっ!」
蓋を開いた途端流れ出した匂いに、不快感を感じて慌てて閉めた。
「オメガ!ヒートん時の!」
鼻を押さえて反射的にその瓶から距離を取る。
「一本いる?」
「 大丈夫」
打ちたそうにワクワクしている瀬能には申し訳ないが、緊急用抑制剤は遠慮したい。
無理矢理頭を押さえつけられるような、嫌な感じがするからだ。
「気持ち悪っ くっそ甘ったるい……」
歯に響く甘さなんて言うが、まさにそれだった。
「……あ、コレあれだ、最初の七番目くらいの奴のだ」
数なんて数えなかったから正確にはわからないけれど、この匂いはその瓶と同じ匂いがした。
なんとなく次もそうじゃなかろうかと、用心してそろりと開ける。
「 コレも、えっと……三つ目の瓶のオメガの、 ヒート……前くらい」
「じゃあ次」
示された最後の瓶を手に取った時、ポトンと膝に衝撃が来てびっくりした。
慌てて下を向くと、その衝撃で更にポトポトと衝撃があって……
それが自分の目から流れ出した涙だと気づくのに随分とかかった。
「しずるくん?どうかした?」
小さな綿がひとかけら。
「 ああ、コレ 雪虫だ」
蛍光灯に向けて透かし見て、ガラスも綿も他の物となんら変わりがないはずなのに。
蓋を開けて、鼻を近付けると、確かにあの匂いがする。
「 ほら、雪虫だ」
どこかで嗅いだ、花の匂い。
みっともないとか、恥ずかしいとかはなくて、あの柔らかい存在が恋しくてただただ涙が出た。
ホクホクとした顔の瀬能と、苦虫を噛み潰したかのような大神と、なんとなく距離を取って部屋の隅で待機するオレと直江。
「さっきのって、なんの実験なんですか?ってか、実験内容くらい教えておいて欲しいんだけど」
そう言って、ず と鼻を啜る。
手の中には瀬能からもぎ取った雪虫の匂いの入った小瓶。
これだけは持って帰ると泣いてごね続けたら、根負けしたのか持ち帰りの許可が出た!
「まぁ、フェロモンの嗅ぎ分けなんだけど」
「こう言うのって同意書とかあったりしないの?」
「後見人が代わりにサインしてくれているから」
後見人?
「大神さんが君の後見人ってことになってるからね」
「はぁ⁉︎え、あの それ、なんも知らないんですけど」
「気のせいじゃないかな?」
何が?気のせい?
え……ああ言うのって、本人すっ飛ばしてなれるものなの?
「そんな事より、やっぱり鼻がいいね」
はぐらかされた……と、言うことはこれは絶対聞いちゃいけない案件だ。
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