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雪虫 48
「 そうなのかな」
「まぁ俺はベータだからよっぽどの物しか嗅ぎ取れないけど」
オレの周りに親しいと言えるαが居なかったから、比べることが出来なくて曖昧にしか返せない。
「しずるくん!君、凄いね、全部当てたよ!」
「賞金出る?」
「出ないね」
大神はまだ渋い顔のままで、何が良かったのか悪かったのかよく分からずに、二人の顔色を窺うしかなかった。
「特にコレ、名指しで当てるとか」
バインダーをトントンとボールペンで叩く瀬能は上機嫌だ。
セキの匂いのしたあの瓶のことを言っているんだろう。
それから、手の中にある雪虫の……
「ってことは、やっぱりフェロモンは個々人によってはっきり区別できるくらい違う、と。まぁ縄張り問題があるからそうなんだろうけど あと、時期によって匂いが変わるのに個人特定が可能 」
「うん、濃さ……ではないけど、熟すって言うか 」
うーん?と首を傾げられて、無性の人は本当に何も匂わないんだとこちらが驚いた。
「どんな匂いがしてるの?」
「オメガは、花の匂い。ベータは食べ物の匂い、アルファは……金臭かったり、苔臭かったり、燻製臭かったりだったりするかな」
「バース性毎に違う? 面白いね」
「や、これ実際に匂ってるわけじゃなくて、多分どっか頭の中で置き換えてるんだと思うんだけど。フェロモン自体に臭いはないし」
そう言うと、瀬能が興味深そうな顔を向けた。
「そうだよね、フェロモン自体は無臭なんだよ、でも 匂う?」
「あー、それは私もわかります。視界が曇りそうになる時もあるし」
「え 目に映るの?」
オレと直江は、頷き合うがやっぱり瀬能はわからないらしい。
「視界の場合も本当に見えてるわけじゃなくて」
この辺で見たり嗅いだりしている と、頭から外れたところを指差す。
直江は分かるのか首を縦に振ってはくれるが、瀬能はやはり分からない顔のままだ。
「あー……あれかな?共感覚とか言うやつに似てるのかな」
「きょ ?」
「文字に色がつく話だよ」
オレにはそちらの方が分からなくて、曖昧な表情で直江に助けを求めるも直江も小さく首を振る。
「性の壁の限界かな」
やれやれと肩を落とし、大袈裟な動きで瀬能は椅子に倒れ込む。あまりに勢いよく座るものだから後ろにひっくり返るんじゃないかと、二人で息を飲んだ。
「はぁー……」
手足を放り出して深いため息を吐く姿は、年相応に草臥れて見える。
言動のせいで若いと思い込んでいたが、瀬能の年齢を考えるとこちらが素なのかもしれなかった。
「ま、おいおいかな」
「先生。用が済んだようでしたらこれで失礼します」
「あ、待って待って」
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