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雪虫 49
さっさと帰ろうとした大神を引き留め、瀬能はオレの方に向き直る。
「雪虫に会えるいい方法があるんだけど」
しれっとなんてことないように言う姿に、もっと早く言えと殺意を覚えたのは一瞬だ。
それ以上に雪虫の傍に帰れるかもしれないと言うことが嬉しくて、
「 な なん、どうしたら 」
「雪虫のフェロモン値は変わってなかったんだよね、となると 」
手の中の、オレの体温を移した瓶の存在に縋りながら、斜に構えるようにこちらを見ている瀬能に駆け寄る。
「話は簡単簡単」
これほど胡散臭い笑顔を、見たことがなかった。
「フェロモンを感じるとこを焼いてしまえばいいよ」
「 は?」
間抜けな声を出したオレの鼻を、瀬能の指先が弾いた。
痛みは確かにあったけれど、それ以上に何を言われたのかが分からなさすぎて……
「鋤鼻器ってのは鼻の中にある。ってことで鼻の中を焼いてやれば、フェロモンを受け取らなくなって万事解決!」
鼻の中?
焼く?
ゾッとして思わず後ろに身を引くと、険しい顔の大神がこちらを見ていて。
「それは副作用や後遺症は?」
てっきり雪虫の為に問答無用で焼かれてこいと言われるのかと思っていたから、驚いた。
意外と優しい人だ!
「んー……ナニが勃たなくなるかも」
「それくらいなら構わないですね」
「いやいやいやっオレの問題だから!」
全然優しくなかった!
慌てて止めに入るが、力づくでこられたら抵抗できる気がしない。
とりあえず逃げるべきなのかと、部屋のドアの方を見るもいつの間にか直江が移動して仁王立ちしている。
直江に敵わないのは経験済みなので、他に出口を探すもこの部屋は窓一つなくて……詰んだ。
「 いや、あの、使用前に不能とか 笑えないんだけど」
「だが雪虫の所に帰れるぞ?」
痛いとこを突いてくる。
会いたい。
どうしようもなく会いたい。
「でもねー鼻が効かないと番うことができなくなる可能性が……」
瀬能の言葉に大神が渋い顔をする。
「それは 」
「つまり君のその恋心が消える」
「え?」
「君の心の動きがフェロモンに操られてのことだとしたら、受け取れなくなった途端、雪虫に興味がなくなるかもしれない」
どっと汗が噴き出す。
「そんなわけない!」
可愛いと思った。
拗ねたり、
笑ってくれたり、
恥ずかしがったり……
見て嬉しくなったあの動作の一つ一つが愛しいと……
「 いや、だって 」
「オメガが出すフェロモンに反応した。別にそれ自体おかしい事じゃない。世の中、大体はそうだよ。君らが顕著なだけで」
ボールペンの端で頭を掻いてオレを見る瀬能の目は笑っていなくて、
そこにある妙な壁を感じて首を振った。
「蝶だって、蜂だって、ヤギだって、フェロモンに振り回されてる。君らバース性も同じだよ」
同じ と繰り返して口の中で呟く瀬能は、いつもの顔とも、医者の顔とも違う顔だった。
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