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雪虫 50

 帰りの車内で、瀬能が言った言葉がぐるぐると頭の中を回っていて…… 「オレ達はフェロモンに振り回されてるって思う?」  黙って煙草を吸っていた大神に問いかけると、ふと口元を指でなぞるようにしてから頷いた。 「そうだな」  大神のような、我が道を力づくで突き進めるような男でもそう思うのか……  手の中の小さな瓶はすっかり手の温度を移していて、それ自体に体温があるような錯覚がする。  雪虫の…… 「     」  よく考えてみて  と言われたけれど、オレの答えなんか決まってる。 「大神さん、オレ 受けようと思うんだけど」  悩むも、悩まないもない。  オレは、会いたいんだ、愛しくて会いたくて叫びそうになる相手に。 「────いや、許可しない」  大神の言葉にしては躊躇いがちな、珍しく弱い口調だった。 「え  だって雪虫に会う方法なのに⁉︎」 「お前、以前に先生の手伝いをしなければどうなるのか聞いてきたな?」  台所で確かに聞いた。  けれど話はオレの親の話に移ってしまい、流れの関係で聞き逃していたことだった。  聞きたいことであったけれど、今の話にどう繋がるのかがわからず、遮るべきかと考えている間に大神は眉間の皺を深くしながら喋り出した。 「オメガに、価値があるのは分かっているな?」 「ああ、えっと、珍しいから?  日本人口の0.1%しかいないもんな」 「そうだな。だがそれだけじゃないだろう?」  昏い顔は闇を見た人間らしい表情で、人でも殺してきたかのような顔でこちらを見てきた。 「えっと、子供を産ませたり、AVとか撮ったり、  風俗で働かせたり?」 「それにフェロモン、あとはその体自体だ」  体? 「え  何に⁉︎肉とか⁉︎」 「卵細胞も役に立つ。これは今後特にだ」  肉の部分を否定する間もなく、大神は気になることを言った。 「ら んさ ?」 「オメガは男も女も持っているからな」  それが何で、何に使うのか?なんてことを聞いても、オレにはよくわからない話なんだろう。 「だから金になる」 「え?」 「政府が管理しているオメガやアルファに手を出すのは難しい。だからお前のような『野良』を見つけてくるんだ」  オレのような? 「俺は、あの研究所の協力者だ。目的は連れて行かれた野良達を探し、保護する事だ」 「大神さん!言っていいんですか?」 「構わない。あの実験結果を見ただろう?」  大神がそう返すと、直江はぐっと言葉を飲み込んで前を向いた。 「本題だ。しずる、先生の助手にならなければ、お前には野良達の捜索に加わってもらう予定だった」 「それなら研究を手伝う合間に、つかたる市以外に行って探してくればいいって事だろ?」  んで、匂いがあったら教える  と。  なるほど、それだと鼻が効かなくなったらまずい。オレの唯一の特技っぽいのに。 「いや。すでに連れ去られた野良達の捜索も兼ねる」 「連れ去られた?」  物騒な言葉に背筋が伸びる。 「人身売買だ」  一気にきな臭さを増した話に、耳を塞いで聞こえないフリをしようとしたが、あることを思い出して手を膝に戻した。 「    雪虫も?」    ザワザワと身体中に鳥肌が立ち、御しきれないようなドロドロとした感情が胸の中でとぐろを巻いているのを感じる。 「   雪虫も、だ。他のは健康でシェルターに預けることができたが、雪虫は特異すぎてシェルターに入れてやれなかった」 「だから、あそこに?」  初めて見た時の表情を思い出してにやけると、大神のピカピカな靴の爪先が膝を蹴った。 「オメガはヒートにならないと発覚しないことがほとんどだ」 「      それで、オレ?」  警察犬の扱いかな  と思うも、そいつらが雪虫を怖い目に合わせたんじゃないかと言うことにふつふつと怒りが湧く。  あの綺麗で透明感のある目が涙で曇るなんて許せなかった。 「潜在オメガやアルファを見つけることができたら、それに越したことはないだろう?」 「それは、わかる  」 「長くなったが、これがお前の鼻をなくすわけにはいかない、俺が許可しない理由だ」  冗談  を言うような人ではない。

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