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雪虫 58
天地がひっくり返り、空が綺麗!雲白い!鳥が飛んでる!
と、感想を考えた瞬間地面の感触がした。
こう言うことを見越してなのか元々の作りなのか、庭の芝生には助けられていて、まめに手入れをしようと思う。
「受け身ーっ」
「 すみませ ん」
背中を打って呻くもじっとはしていられない。衝撃で動けない状態なんて、敵の格好の標的でしかない。「受け身ーっ」と言って意識を戻してくれたのは水谷の優しさで、その後降ってくるかかと落としは厳しさだ。
「ぃ゛っ 」
逃げたが脇腹を掠った!
「おそ〜い」
白いセーラーに蝶々結びの紐タイ、黒いスカートが翻ったなって思った時には、もうすでに芝生に再び倒れ込んでいた。
「まだイけるー?」
「大丈夫で す」
「汗だくになりながらちゃんと振ってる?」
ナニをですか のやりとりも慣れてきた。
「ちゃんと汗だくになりながらダンベル振ってますよ!」
その答えはちょっと面白くなかったらしい。
「ちょっとスレてきたね」
どんぐり眼がちょっと細まって、拗ねたように見える。
この人はちょっと、こんな感じの勘違いしそうな言葉を使うのが大好きらしくて……
最初こそドキドキしてたけど、それ以上に『運動』が辛すぎた。
制服だし、小さいし、アイドル顔だし、動きもちまちましてて騙されたけれど、大神が連れてきただけあって容赦とか手加減なんて物がない姿は、鬼のようだ。
「つまぁんなーい!」
「そんなこと言われても……」
スカートの裾をピラピラと翻しながらくるりと周り、水谷はちょっと考え込むような素振りを見せる。
「まぁ、ちょっと真面目にイこっか! 何度も言うんだけど、君の目標は生き延びることね?」
「はい」
「手段は問わない」
「はい」
「戦略的撤退も命乞いも、べーっつに恥ずかしい事じゃない」
見た目ぷにぷにとした手が指を一本立てる。
「一番恥ずかしいのは、すてでぃを泣かす事だよ。啼かすのはいいけどね」
一本立てられた指に視線が行った途端、横から蹴られて吹っ飛んだ!
ローファーの描く軌跡と、どっと地面に転がる感触と、運悪く芝生の途切れた場所に突いた手に痛みが走った。
「あと、視界が狭いよ。指に気を取られちゃダメだって」
「 っっ」
「あー。擦り剥いちゃったねぇ 舐めたげよっか?」
水谷はオレよりもはるかに小さくて……
上目遣いで舌をペロリと出して来るのは あえての挑発なんだろうけれど、自分を平気で昏倒させる相手に何も思わない。
「えっちょっ無反応やめてよぉもう!」
「いやもう、心が無で」
水谷が怒って見せた時、玄関の方から車の音がして注意がそちらに向いた。
「あ、大神さんが来るって言ってたっけ」
「マージーでー?わんこくんに会えるの?ずっと電話だけだったもんね!やぁったー!」
ぴょこん と無邪気に飛び跳ねるから、スカートの裾が跳ね上がってこちらがハラハラすることを、水谷はわかってないらしい。
迎えに出た直江の声と、風に乗って大神の煙草の臭いがする。
「庭にいらっしゃいます」
「そうか。今回は無理を言ってすまなかっ 」
ぼとんと大神が煙草を落とす珍しい瞬間が見れた。
「わんこくん!会いたかったよぉー」
庭へと回った大神が目の前の水谷を見て呻き、なんとも言えない微妙な顔をして眉間に皺を寄せた。
「 なんて格好をしてるんだ」
「こう言うの嫌いだった?だぁめ?趣味じゃない?」
大神の前でスカートを広げて見せて、くるくると回って可愛らしくポーズを決める。
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