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雪虫 61

 会話が途切れて俯くセキに、マグカップを渡すと小さく頭を下げて両手で受け取った。  大神とセキのことで、オレが無責任に適当な慰めの言葉を言うのはいいことじゃんだろう。だけど、雪虫とオレとのことで、色々と気を使ってくれるセキに、オレが出来ることって何があるんだろ? 「やっぱクソマズいな」 「そうだね」  膝を抱えて小さくなるセキは捨てられた猫のようにも見えて、どうしたらいいのかわからない。  茶化して笑わしてやればいいのか?  真剣に話を聞いてやれば良いのか? 「    なんでバース性なんてあるんだろうね」 「うん?」 「子供産むだけならさ、男女性だけで十分だろ?そこにわざわざ……ヒートとか、番とか   」  ぐず  と鼻を啜り、抱えた膝に頭をつける。 「   相手の唯一になりたいとか、さ」 「唯一になりたい は、誰だって思うだろ」  好きな相手を独占したいと思うのは、別にバース性に限ったことじゃない。 「そか 」 「オレだって、雪虫の唯一でいたいから頑張ってるんだし」  手の怪我を指し、腕を巻くって痣の出来た腕を見せる。 「腕、がっしりしてきたね」 「だいぶな」 「背も伸びた?」 「やっぱり?なんか最近、成長痛っぽいのがあって……」  夜になるとギシギシと痛い……  もう年齢的にも背が伸びることはないと思っていたけれど、 「番のいるアルファは体格がいいとか言うから、それかもな?」 「アルファってなんでもありなの⁉︎」  セキは苦笑して言うが、意外と笑い話でないことを瀬能から聞いたことがあった。  傾向として番のいるαの方が体格や運動能力、社会的地位が高い傾向にある と、以前瀬能に講釈されたことがあったのを思い出した。 「だって、自分のオメガは守りたいだろ?大神さんもそうだと思うよ」 「      大神さんのは、責任感からだけだよ」  責任感で独占欲なんて出ない。 「保護したから、ヒートがキツいから、頼りないから、一人で生きてけないから   だから、しょうがなくて面倒見てるだけなんだよ」  こじらせている……と 思う、セキも大神も。  側から見れば、一体何にそんなに拘っているのかと思えるほどで。  好きだと思えばそれでいいじゃないかと、気楽に思うオレには多分理解できない。 「俺なんて   誰も要らないんだ」  涙目はじっとりとしていて昏い。 「いい加減にしろよ!誰も要らないならオレや雪虫はどうすんだよ」 「雪虫も?」 「特にあいつはお前にべったりじゃないか」 「雪虫  は、可愛いよね」 「可愛いよ!」  拳を作って食い気味に言うと、ぷっとセキが吹き出した。  拍子に溢れそうになったマグカップを取り上げ、笑いの治らないセキを睨みつける。 「なんだよ」 「いいなーって。可愛いとか」 「言わない  よなぁ?」  大神がそんなことを言っている場面を見たら笑い出してしまうかもしれない。 「じゃあオレが言うか」 「はぁ?」 「可愛い、可愛い、可愛い   」 「嘘っぽい!」 「まぁ聞いとけって。可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い  」  いい加減息が続かなくなったところで止めると、笑いすぎたセキが涙目になっている。 「雪虫は?」 「めちゃくちゃ可愛い」  ケタケタと笑われると、何がそんなに面白いんだろうと我に返るけれど、セキの昏さがなくなったのならそれでいい。 「いやぁ、大神さんに聞かれたらぶちのめされるわー」 「そこまで見境ないわけじゃないですよ」  入り口から声をかけられ、思わず飛び上がった。  空のグラスを盆に乗せて、直江は呆れたようにこちらを見ている。 「大神さんは分別ある方ですから」 「分別……」 「味噌汁に味噌入れたから病院送りなんてありませんし」  なんて理不尽……  それが誰のことなのかは聞く気はないが、直江がこちらに来たと言うことは水谷との練習が再開ということだろう。 「じゃあ続きだな」 「今日はもう終了だそうです、帰られましたよ」  いつの間に……と思うけど、セキとワイワイやってたんだから気づかなくて当然か。  風呂に入ったら少しは雪虫の傍に行けるかと時計を見ようとしたところに、低い声で話しかけられて再度飛び上がりそうになった。 「  おい」  のそりと台所に立つ大神はすでに雰囲気が違っている。 「は い  」 「庭に来い、成果を見てやる」 「分別は   」  恐る恐る尋ねると、悪い顔で「忘れてきた」とだけ言葉が返ってきた。

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