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雪虫 65
リビングには二人しかいないと言うのに、何を思ったのか瀬能はヒソヒソと尋ねてくる。
「今でも勃つ?」
「 っあ、た ちますよ」
「若さだねー。羨ましいよ」
ヤリたい盛りの男に何を言うんだか。
「じゃあ君は念の為に薬継続で。あとはまぁ 祈ってて」
「医者がそんなこと言って良いのかよ」
「医者だって人間だものー」
受験の時はお守りいっぱい持っていたよ と懐かしい話をしていると、玄関の方が騒がしくなった。
「ここで実験するんー?なんか普通の家やねぇ?」
男にしては高めな声が大きく響き渡る。まだ玄関にいるのに、すぐ傍で話をされているかのようだった。
ざわ……と、総毛立った理由はわからなかったけれど、思わず立ち上がって玄関に通じる入り口を睨みつける。
「しずるくん?」
「 」
なんだろう?
「えー?結局誰を相手にするん?」
薄い目と視線が合って、やはりまたぞわりと背筋に悪寒が走る。
「わぁー!この子の童貞をぶった斬ったらええん?」
緩い波打つ髪と幸薄そうな顔立ちの男だった。
黙っていればこんなに大きな声を出すなんて思えないほど、華奢と言うより細すぎる体は居た堪れない程で、風が吹けば飛びそうに思える。
「ど 童貞言うな!」
「やけ、童貞なんやろ?」
きょとんとした目は表情が読めない。
初対面の話題が童貞ってどう言う事だ⁉︎
「喧しい。黙れ」
後から入ってきた大神が頭の痛そうな顔でこちらを睨んでくるが、オレが悪いんだろうか?
「先生、こいつが例の 」
「こいつって言い方あらへんやん?」
細く整えた眉を吊り上げて大神を睨みつけると、オレ達の方に向き直って笑顔を見せた。
「『影楼』のみなわと申します、よろしゅう頼みますわ」
長い手足で優雅に礼をするみなわの動きは、つい目で追いたくなる華やかさがあって、幸薄い雰囲気とのギャップにびっくりした。
「今回は長期の指名を下さってありがとぉございます」
「こちらこそ、協力に感謝します」
意外と普通に返す瀬能にもびっくりだ。
和やかに話し始めた二人から距離を取り、あまり近寄りたくないけれど機嫌の悪そうな大神の傍に立つ。
「どうした、童貞」
「どっ ……あ、あの人何者ですか?」
「バース性専門の男娼だ」
「だん 」
思わず顔が赤くなる。
大神から見られないように俯いてはみたが、にやりと笑ったのを見るとバレているようだ。
「ついでに手取り足取り教えてもらったらどうだ?」
「なんっでだよ!」
「童貞切ってもらえ」
「雪虫に切ってもらうからいいんだよ!」
むっとして睨み上げるが、大神は毛ほども感じていないようで。
またからかわれるのがいやで、仕方なく黙って二人のやり取りを眺めることにした。
「えぇ?じゃあお相手誰なん?」
「申し訳ないが、発情状態をキープしたままでいて欲しいんだ」
「お医者さまって無茶言ぃやね?じゃあその間は?独りでシコシコ慰めるん?」
「必要なものがあればこちらで用意するよ?」
細い目が更に細まってアーチを作り、唇がにまりと弧を描く。
「ほんなら、大神さんのデカちん◯、ゴム無しで」
「セックスしたらヒート終わっちゃうから、遠慮して欲しいな」
「ヒートが終わったら、また発情すればええんやろ?また前みたいに、発情ナカ出し種付けセックスしよや?びゅーびゅーいっぱい出して気持ち良かったんちゃう?」
ふふふ と、笑う顔は悪戯が好きそうな表情だ。
「大神さん相手なら何度でも発情したげるよ?」
細い手が大神の首に絡み付いて、その黒い髪を掻き上げようとした瞬間、
「 ───止めろ!」
咄嗟の動きだった。
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