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花はいっぱい 28

 上靴に履き替えているところでふわりと馴染んだ匂いがして、あっと思った時にはもう遅くて、逃げれない距離に喜蝶が立っていた。 「    薫っ!」  きつい呼び方は不機嫌な時の呼び方で、条件反射で思わず身が竦んだ。 「来るなら連絡入れてくれてもいいだろ!」  発情期の、あの日のことを思い出してドキドキしたけれど、喜蝶にとってはどうでもいいことらしい。仏頂面でこちらの近付いてくる喜蝶に対して、思わず六華の背中に回った。 「ごめん、車で来たから  連絡要らないかと思って」 「そんなわけないだろ!俺になんの連絡もな  っ」  ぺしんと喜蝶の手を叩いて、六華が早く靴を履き替えるように促す。 「なんでいちいち喜蝶に連絡しないといけないわけ⁉︎喜蝶は薫となんの関係もないんだから別にいいことだろ!」 「お前だって関係ないだろ!」  そう言い返されて、ぐっと六華が言葉を詰まらせた。 「ほらどけよ!」  華奢な六華が押し退けられ、オレと喜蝶の間を隔てる物がなくなって……  乱暴に腕を掴まれても、満更じゃない自分がバカみたいだ。  六華があれだけ心を砕いて遠ざけてくれていたのに、構われると嬉しくて、ホント バカだ。 「  親父達から連絡がきた、あれ なんだよ?」  低い声。  ぞくりと背筋が凍ってよろめきそうになったオレをぐぃっと引っ張る。 「あれはっ  オレのヒートがっ   痛っ」 「ヒートなんて今までもだっただろ!なんで急に会うなって話になるんだよ!」 「  やめっ  オレのヒートに巻き込まれたら良くないからだよ!」  肩を掴まれて下駄箱に押し付けられて……爪先で立つしかできないオレは、逃げ道がなかった。  綺麗な、見ているだけで幸せになれる顔が覗き込んでくる。 「そんなニュアンスじゃ、なかったぞ」  脅しつけるような唸る声。  肩に食い込んだ指が痛くて気づいた時には、苦痛の表情になってしまっていた。 「薫に乱暴するな!」 「うるせぇな」  体格差だけ見ても、六華が不利なのは歴然だった。  取っ組み合いになりそうだった二人の間に割って入ろうとするも、オレの体格じゃまともに仲裁なんかできなくて、弾かれて尻餅をつく羽目になった。 「ぃった  」 「喜蝶っ!」  いつも大人しい六華の声がこんなに低くなるなんて知らなかった。  あっと思った時には六華が喜蝶の襟元を掴んで、伸ばされた腕に肘を入れるのが見えて……  オレの顔も、喜蝶と同様ぽかんとしていたと思う。  軽々と宙を舞った体と、  叩きつける音と、  ────悲鳴と、  六華に投げ飛ばされた喜蝶が呻いているのに気が付いたのは、一瞬置いてからだった。 「────き、  喜蝶?」  息が詰まったのか、体をくの字に曲げて眉を寄せる姿に、血の気が引いた。 「っ  あっ    」  六華自身も血の気が引いて冷静になったのか、うろたえて泣きそうな顔になっている。  急いで喜蝶の傍に膝をついて具合を聞くも、小さく呻いて返すだけで言葉は返ってこない。    

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