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花はいっぱい 29

 人が靴棚にぶつかったけたたましい音で騒ぎが大きくなったのか、動けない喜蝶を覗いては何事かと人が集まってきてしまって……  オレと六華は職員室、喜蝶は保健室へと分かれて連れて行かれた。  事情を聞かれ、生徒同士でふざけ合っていただけですと言うも説得力はなくて、何があったか書くようにと出された用紙の前で項垂れている六華の手を握る。  いつも温かい手がひやりとした冷たくて、その手を温めたくて強く力を込めた。 「  ごめん、こんな大騒ぎにしたかった訳じゃなくて……」 「うぅん  オレが巻き込んじゃったから  」  オレの問題だったのに…… 「  喜蝶がなんであんなに興奮していたか、聞いてもいい?」 「マーキング……知ってる?」 「アルファの?自分のって主張する あれでしょ?    は⁉︎あいつ薫にナニしてんの⁉︎」  むぅっと顔が曇り、今にも怒り出しそうな六華を宥めるようにもう一度手に力を入れた。 「ちがっ違う!近くにいると匂いが移っちゃうこともあるらしくて、  」  うまく説明できている気がしなくて、言葉が詰まる。 「  パートナーじゃないのに、そう言うのは良くないってことで、おじさん達に話をしてもらったんだ。それで  」  あんなに怒ってたんだろう。 「あいつが子供すぎるんだよ、そんなこと言われて怒るなんて。てか、恋人以外にマーキングするなんて、デリカシーないな!マナー違反でしょ⁉︎」 「気付かずに、つけちゃうこともあるんだって」  むぅっとますます六華の頬が膨らんだ。 「どれだけ、フェロモン垂れ流してんだか  」 「六華は何も感じなかった?」  オレのようなβはそうでもないけれど、Ωはフェロモンに敏感なはずだ。  六華は喜蝶のフェロモンに気づかなかったのかな? 「    俺は、」  掴んでいた手が逃げるように離れて、用紙の上に転がっていたシャーペンを握った。  コツコツとそれで真っ白な用紙を叩いて、困ったように笑う。 「 フェロモンが良く分かんないんだ」  取り繕った笑いのまま、六華はシャーペンを動かし出した。  教師から後で家に連絡を入れるから と言われて、六華と顔を見合わせた。 「はぁ  怒られるなぁ」 「オレのことなんだから、六華が怒られるのっておかしいよ。あとでおじさんに電話するよ」 「いいよ、投げたの俺なんだから、素直に怒られるよぅ 」  そうは言ってもしょんぼりしているのは見てわかる。 「投げたのは……さすがにやりすぎたと思うし」 「  うん」  喜蝶は大事をとって病院に行ったとだけ教えられていて、その後どうなのかはわからない。電話をかけて聞けばいいだけの話なのだけれど、また怒らせてしまうのかと思うとそれもできないまま、心配な気持ちだけが募ってしまって。  今日は素直に帰る と肩を落として言う六華と別れて、オレもトボトボと帰るけれど……  喜蝶は病院から家に帰っているだろうか?  父も母も今日は帰りの遅い日で、一人でいる時に喜蝶が訪ねてきたら?  キラキラした目で見つめられたら、きっと落ち着かなくなる。  そう思うとなんとなく素直に帰り道を歩くことができなくて、逃げ込むように『 la fluorite』に足を向けた。 「いらっしゃい。今日は六華くんは一緒じゃないの?」 「あ   今日はちょっと」  にこにことして忠尚さんはミックスジュースでいいかと尋ねてきて、素直にそれに頷いた。

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