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花はいっぱい 32
店の控室の椅子に座って、オレ達はまだ手を握ったままだった。お互いに手を離すタイミングをなくしてしまったと言うか、離したくなかったと言うか……
ただ、たった数回会っただけの相手と、肩を寄せて手を握り締めているのは尋常じゃないことだけは分かる。
「もう……暗くなってきてるし、帰らなきゃいけない時間だよね?」
「 うん」
このやりとりも何回かしていた。
でも、さすがに家に帰らないといけない。
「送って行ったら、少しでも一緒にいられるかな?」
照れたのか、かちゃかちゃと眼鏡の位置を直す動きをしてから、そろりとオレの顔を見てくれたのが嬉しくて、照れながらこくりと頷いた。
離し難い手を繋いだまま、暗い夜道を家に向けて歩いて行く。
忠尚に手を握られて足取りが軽やかだったけれど、歩調はどちらからともなくゆっくりだ。
少しでもこうしてたくて、
「お父さん達、もう帰られてるかな?」
「え?どうだろ……」
携帯電話で時間を確認してみると、母がそろそろ帰ってくる時間ではあるが、父の帰宅時間にはまだ早い感じだった。
「お話 と、言うか、ご挨拶 できたらなって」
「あいさ ?」
「さすがにっ こんなおじさんが息子に付き纏ってたら心配するだろうから」
「忠尚さんはおじさんじゃないって」
「でも、社会人だからね、男だし、ちょっとでも悪い印象を持ってもらいたくなくて 」
だから、送って行くだけなのにケーキを用意したりしていたのかな?
「うち、そんな堅い家じゃないですよ!」
「けじめ!けじめなの!」
強く言い合っても手はそのままで、くすぐったい感じがして忠尚の方にちょっと体当たりしてみた。
「何?」
「ちゃんと考えてくれて、ありがとうございます」
「っ うん」
繋いだ手からドキ と脈が跳ねた感触がした。
母が帰ってきた時、玄関にある男物の靴に不審な顔をし、オレが事情を話しながら忠尚を紹介すると、ちょっと複雑そうな顔をしていたけれど、何度か頷いてくれた。
「 性別や歳の差を考えると、交際に戸惑われるとは思うのですが、誠実に付き合っていきます。何か至らないことがあれば、ごし────」
「須玖里さん、ストップ!ストップです!」
母もオレと一緒で言葉に熱いものを感じ取ったのか、ヒートアップして行く忠尚を落ち着けるために言葉を遮った。
「 っ、すみませんっ 緊張、しちゃったみたいで」
「そうですね、ちょっと落ち着いていただいて……今は主人がおりませんので、勝手に返事をすることは出来ないのですが、こうやってきちんと挨拶に見えられて、嬉しいです」
ちらりと母の目がオレに移る。
「ただ、この子はまだパートナーシップも結べない歳です、手放しで喜ぶわけには 」
厳しい横顔に、浮かれていた気分がちょっと沈んでしまって。
忠尚の顔もこちらを見て照れていたものとは全く別物だったから、余計に自分が何も考えてない子供なんだなって思い知らされて、肩を落として俯いた。
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