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花はいっぱい 33
そんなオレに、忠尚が笑いかけてくれる。
「勿論です、急にこんなのを連れてきてお付き合いしたいって言われても、はいそうですかと言えないのはよく分かります。ですが……薫くんと、離れ難いと言う気持ちだけ知って貰えれば。今すぐどうこうではなくて、これからの先も見据えた長い目で見て貰いたいです」
沈んでいた気分が跳ね上がって、耳が熱い。
忠尚が言ったこれからの先 は、オレには想像もつかないけれど、それをきちんと踏まえた上でここに来てくれたんだと言うのが、嬉しい!
もじもじしているオレを見て、母は思うところがあるような顔をした後ににっこりと笑顔を見せてくれた。
まだまだ帰りが遅くなると言う父を待ってもらうのはさすがに申し訳なくて、また改めて席を設けると言うことで忠尚には帰ってもらった。
玄関の外で見送って、振り返り振り返り手を振っては消えて行く忠尚の姿を長い間見送りながら、隣で同じように見送る母にちらりと視線をやる。
「なーに?」
わかってて聞く時の意地の悪い表情だ。
足元のコンクリートをサリサリと爪先で蹴り、赤くなった顔を伏せた。
改めて、こうやってお付き合いしますと人を紹介する なんてことが初めてで、照れ臭くてしょうがない。
「なんでもないよ 」
「そう? あ!そうだわ!お母さん、ちょっと喜蝶くんの様子見てくる!怪我したから様子見てって頼まれてたのよ。何か話聞いてる?」
帰った途端、忠尚のことで慌てていたからか、母は急に思い出してお隣へと向かった。
「それっ ケガ……具合、どうだって?」
「骨折って」
「────っ!」
オレの顔色の変わり方がおかしいことに気づいた母が、足を止めて窺うような顔をした。
「何?」
「お母さん!それっオレのせい 」
忠尚がいてくれて、ホワホワとした気持ちだったのが急落下した。さっきまで幸せにきゅうっとなっていた胸が、がらんとして冷たく感じる。
怪訝な顔の母がこちらに戻って顔を覗き込むまでに、オレは泣きそうになっていた。
思ったよりも酷い事態に、六華のお父さんに電話をかける母の背中も緊張していて……
「 はい、そうなんです。うちの子を庇って 、ええ、改めてご挨拶に 」
後ろで聞いているけれど、大人達のやりとりは全部は分からなくて、ただオレのために動いてくれた六華に対して悪いことにならなければ と、祈るように手を組んだ。
電話で話しながら何度も頭を下げる母に、申し訳ない気持ちが起こって、きゅっと胃が痛む。
「 阿川さんに、とりあえずお話はできたけど……」
電話を切って振り返る母は浮かない顔だ。
「うん 」
「喜蝶くんは骨折と言うか、ひびが入ってたらしいから安静の為にしばらくお休みだって」
「っ! 喜蝶のおじさん達は?」
「撮影スケジュールを組み替えて早めに戻るって言ってたけど、今回は海外だから 」
喜蝶の両親は風景写真家とそのアシスタントをしている為、仕事で家を空けることも多い。
喜蝶を一人置いて……
「 喜蝶、寂しい よね。オレも様子見に行くよ」
プライベートでも仕事でも、常に二人でいる両親を見て育ったから、喜蝶が運命の相手を求めるのは仕方ないのかと思う。
「お母さんが行くから大丈夫よ」
「えっ⁉︎だって喜蝶のケガはオレにだって責任が……」
目の前で手を振られて言葉が止まった。
「須玖里さんがやきもち焼くわよ?」
「えっ 喜蝶は……そんなんじゃ……喜蝶だって、そんなふうに見たりしないよ?」
「恋人のいる人間が、ホイホイとアルファの傍に行っちゃダメ」
え? と思ったけれど、母が忠尚がやきもちを焼くと言う言葉をオブラートにして、他に心配していることがあるのは分かる。
「うん……」
「喜蝶くんでもね」
念を押されて、その真剣さに頷くしかできない。
「喜蝶くんには喜蝶くんで恋人いるでしょう?」
「うん」
「須玖里さんの周りに、オメガとかオメガ寄りの子がいたら、いい気しないでしょ?」
それくらいは分かる。
納得もしてる。
でも急に切り替えとかできなくて、やっぱり小さい時から一緒だったせいか、寂しいなって思っちゃって。
あの綺麗な顔を傍で見れないって言うのは、落ち込む かな。
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