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花はいっぱい 36

 ほっとした顔になって、カウンター席を勧めて来るから首を振って断った。 「六華の   」  なんて言えばいいのかと一瞬躊躇って、 「  お見舞いに行くから」 「調子悪いの?少し待ってもらえる?テイクアウト用で作るから持っていって」  お見舞い で、いいんだと思う。  寝込んでるって仁は言っていたし。 「ありがとうございます、喜びます」  待っている間、カウンターのスツールに座らせてもらって、こっそりと言えないけど気分的にはこっそりと忠尚を盗み見た。  黒い髪と、黒い瞳と、真面目そうな眼鏡。  手を動かすたびに筋張った腕の筋肉が動いて、思わずそれを目で追った。  時折、客と話して微笑む横顔が、ちょっと遠くて……他の人と喋って欲しくなくて。  客商売なのに何を言っているのかと思うけど、営業スマイルでも他の人に向けられると胸がモヤモヤする! 「  ごめんね、もう渡せるから……」  目に力が入っちゃってたのか、オレを見てびっくりした忠尚が急いで言ってきて。 「違う!違うんですって  他を見ずに……こっち見て欲しいなって  」  って言ってから、恥ずかしいことを言ったと気がついた。  オレの反応に忠尚はきょとんとして、それから耳まで赤くなって、小さく呻きながら紙袋を差し出してくる。 「いきなり反則技出さないでよ……」 「そっ そんなんじゃ 」 「天然だったらなおさらだよ、頼むから他でやらないでね?」 「だから、つい そんなんじゃ  」  こほんと小さく咳き込みながら言って、改めてオレを見て微笑む。 「ご挨拶のことはまた改めて連絡するね、気をつけて行っておいで」  微笑みに細められた目で見つめられると、きゅっと胸が苦しくなる。  せっかくお見舞いの品を作ってくれたのに、中止にしてここにいたいな なんて欲が出そうになって、慌てて頭を下げた。 「ありがとうございます!いってきます!」  小さく手を振って見送られながら、六華のマンションへと足を向けた。  もっぱらオレの家に来ることが多かったからか、マンションのどこの部屋だったかがうろ覚えで、呼び出しのインターフォンの前で表札を眺めた。 「空き部屋? が、多いなぁ  」  比較的新しい建物だし、セキュリティもしっかりしてるし、管理人もいるのに名前のない部屋が多い。  あえて載せてないと考えた方が自然かな?  幸い見つけることのできた「阿川」の名字の部屋番号を押してしばらく待つと、ひっくり返る寸前のような六華の声が聞こえてきた。 「薫⁉︎どうしたの⁉︎」 「どうって  お見舞い、かな」 「    とりあえず入って」  声はいつもの穏やかな感じとは違って、ちょっと硬めだった。  エレベーターで上がって、十階から見える景色にちょっと震えていると、一つの扉が開いて六華が手招く。 「こっちだよ」  相変わらず隙がないほど綺麗に掃除された家に上げてもらい、いい匂いのする部屋に通された。  久しぶりの六華の私服はオーバーサイズのパーカーで、それを着た姿はいつもより小柄に見えて、よく似合っていて可愛い。 「私服久しぶりだね、可愛い!」 「っ  可愛いって……褒め言葉じゃないよ」  そう抗議する六華は頬を膨らませて……違う! 「六華⁉︎顔どうしたの⁉︎」  微かな赤みと腫れに、顔を逸らそうとした六華の正面に回り込んだ。  長い睫毛に縁取られた目が泳いで、オレを見ない。

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