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狼の枷 4

 ぱっくりと割れたまま、物欲しげに引くつく箇所から溢れる匂いは、濃厚な甘い匂いで…… 「は……この俺がラットだと  」  緊急用抑制剤の効果と発情期の匂いで目が回る。 「ふざけるな  っ」  歯を食いしばって体を離したはずなのに、いつの間にか意識を飛ばして、無防備に四肢を投げ出して倒れているあかに覆い被さっていた。  甘い  美味そうな  食いたくなる  甘い  噛む  噛みたい……!  ゴリゴリと歯が鳴る音で僅かに正気に戻った。  けれど顎の力は緩まず、力を取り戻したソレをまたあかに埋めようとしているところだった。 「   っ」  大神に噛まれ、あかの首輪がギチギチと音を立てる。  止めなくてはと思う一方で、もう少しでこの邪魔な物を壊せるんじゃなかろうかと、昏い思考が邪魔をした。  噛めたら……と、考えただけでゾクゾクと背筋に快感が走る。  この甘い匂いを撒き散らすΩを、自分の物に出来たなら……  ────堪らなく気持ちいいだろう  あかは泣き通しで……  大神が傍に近寄るのも嫌がって怯えた。 「  ろくろく食べてませんね」 「そうか」  黒革張りの大きな椅子も、大神が座れば小さく見える。  直江は手のつけられていない食事の乗った盆を机に置いて、ふぅー と長く息を吐く。 「瀬能先生を呼びましょうか?」 「   いや」  組んだ指を腹の上に置き視線がこちらを見ないのは、考え込んでいる時の癖だと直江は知っていたので、それ以上口を出さずに頭を下げて部屋を出て行った。  即断即決、見た目の通りの豪快な手腕で組を引っ張る大神にしては、グズグズとしている と言うのが直江の感想だった。  本来ならば見つけることのできたΩは、速やかにつかたる市に送ってシェルターに入れる。  これまでもそうだったし、これからもそうするべき事柄だ。  大神はどんなに縋られてもそれを実行してきたし、ましてや保護した対象に手を出すなんてことはなかった。 「   運命、ね」  そうごちて、直江は静かな部屋を振り返る。 「こじらせなければいいんですけどね」  やはり長い溜め息を吐いて小さく顔をしかめて見せた。  大神が部屋に入ると、その音だけで飛び起きる。  その形相は行為中の欠片すらなく、あれが発情による心身喪失状態だったのだとよくわかった。 「寝てないのか」 「  こんな ことされて、呑気に眠れるわけないだろ!」  明らかに睡眠の足りていない、隈のできた目で睨んでも、大神は微動だにしない。 「そうか。食べたいものはないのか?」 「よ 寄るな  こな、いで」 「直にまたヒートが来る。栄養と睡眠をとっておく方がいい」 「ヒートなんかこない!もう、こないよ!」 「初ヒートは一週間前後続く。まだ可能性はある」  ぎゅうっと握り込まれた拳が、ボスンとベッドを叩いた。  怒りの一撃のように見て取れたが、結果はベッドが少し揺れただけで終わった。 「そ れでも、あんたにあんなことされたくないっ」  本能のままに貪ったあかの体は、キスマークと歯形のせいで酷い見た目で、自分の記憶以上に自分の身に起こったことを雄弁に語るそれを見て、あかのショックは相当なものだった。

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