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狼の枷 16

「深く吸い込め」 「や 」 「カーセックスが好みか?」  さらりと言われて顔に朱が差した。  そんな訳ないと呻くように答えて反抗して見せるも、独特なこの匂いに慣れる事が出来ずに、自然と呼吸が浅くなる。  他の車よりも広いとは言えあっと言う間に煙が満ちた空間で、呼吸のままならなさに体が傾ぐ。 「横になるといい」 「嫌だっ」  はっと大神の手を振り払うも、深く煙を吸えば目が回るような気がして、結局押さえ込まれるように体を倒されてしまった。これで蹴られたらひとたまりもないだろうなと思わせる脚に頭を乗せる事になって、居心地悪く何度も態勢を整えたが、どの姿勢を取っても楽になることはなかった。 「 っ   ──大神さん」  直江の小さな舌打ちに、膝に目を遣っていた大神がはっと顔を上げた。  この車を止めるように手を振る女を確認して、直江に素直に車を停車させるように指示を出す。  見るからに一般車とは言えない風体のこの車を、前を遮ってでも止めようとする人間に心当たりがある。  直江が運転席の窓を開き、何事かと聞くも女はにっこりとした笑顔のままそれを無視して、パーティションの向こう側の大神を見据えてきた。 「  こんにちは」  こちらに見えるように出された警察手帳を出されても、大神達の顔色が変わる事はない。 「開けて貰える?」  後部座席の窓ガラスを指の甲で叩き、女はにこやかに笑う。 「直江。開けろ」  でも と言う声は出さなかったが、視線が開けていいのかと窺ってくる。 「構わない」  待たされていると言うのに女の警官に一切の焦りはなく、むしろその間を楽しんでいる余裕さえ窺える。 「あら、凄い煙。喫煙は体に良くないわよ?」 「唯一の趣味な物で。おまわりさんも如何ですか?」  そう言うと、大神は懐からシガーケースを出して差し出した。  女はそれを受け取り、中身を確認して微かに目を細めた。 「きちんと合法の物ですよ?」  先手を打って大神はそう釘を刺す。 「まさか大神社長が違法薬物を  なんて、思ってないですよ?」 「ははは でしょう?」 「それでー……ヤクザ達が騒ぎを起こしてるって通報があったのだけれど?」 「はは  今の御時世にヤクザですか?おまわりさんが一番よくご存じでしょう?新反解体法、あれができてからこっち、そう言った団体は軒並み解体されたじゃないですか、お陰でうちは真っ当な会社ですよ?」  男らしい笑みは滅多と見れるものではないが、普段からその表情でいれば と思わせるには十分な魅力を持っていた。  けれど女も負けずに男が振り向くような微笑を見せる。 「  建前上はね?」  女も美しい唇を歪ませて笑みを作り、意味ありげに車内に目を遣った。 「もうよろしいですか?社員が調子を崩してまして」 「社長自ら介抱?」 「うちはアットホームな社風ですから。社員は宝ですよ?」  しれっと答える言葉は用意されているんじゃなかろうかと思える程流暢で、あかはすらすらと嘘を吐く大神を怒鳴りつけてやりたい気持ちのまま、ぐっと顔を上げた。

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