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狼の枷 27

「や ちが  」  両手で突っぱねて逃げると、大神は追いかけてこず、ただ先程までいたベッドの上であかを見ながら煙草を薫らせているだけだった。  鈍い痛みに震える体を支えて立ち上がり、壁に沿って逃げ始める。 「俺っ  おれは  ぁっ!」  ラグの僅かな段差に足を取られ、あかは無様に倒れ込んだ。  フローリングの冷たい感触はあっと言う間に体温を奪って行き、先程まで熱で満たされてふわふわと幸せだった物とは真逆の心境だった。  へたり込みながら傍らのドアノブにしがみついて首を振る。 「こんなの、嫌だ!」 「嫌だしか言わないのか」  ドアノブをガタガタと引っ張るあかを見て、大神は溜息と共に紫煙を吐き出してのそりと立ち上がる。  日差しで明るい部屋の中、隠すでもなく裸体を堂々と見せる大神に、あかは一瞬見とれた。  裸だとしても堂々とできるだけの隙の無い飾りではない筋肉と、そして生々しく肩口からあかを見下ろす小鬼……それから、力を失っている状態でも存在感を見せる股間に、恥ずかしいのに目が離せない。  煙草を捨てる為に大神が背を向けると、小さな赤鬼が隠れて一振りの剣が見えた。  おどろおどろしい表情の竜神が絡みついたその剣は、細かい細工の施された柄もきちんと彫り込まれた緻密な物だ。  筋肉の盛り上がりと光の加減で、龍にしがみついている小鬼が躍っているように見えて思わず飛び上がった。 「ゎっ  」  背中をぺたりと壁につけて固まったあかの頬に大神が手を伸ばした。  ふっくらとは言い難い、けれど柔らかな感触の頬を甲で撫で、自分を怯えて見上げる小さな存在に視線を落とす。 「小さい な」 「あ、の 」  頬を撫でる手から先程まで持っていた煙草と、それから大神自身の匂いが香る。  男っぽい、荒い…… 「   」  そんな気もないのに、温かい手に頬を擦り寄せる。  なんて事ない行為なのに、先程までのひやりとしていた胸の内がほわりと温もった気がして、知らず知らずの内に口の端に小さく笑みが乗った。  視線を絡ませながら伸び上がり、唇を強請るように首を傾げると掬い上げるように腕が抱き締めてくる。  足が着かなくなって……  攫われているようだと感じながら目を閉じた。 「  っ」  ちゅ ちゅ  と水音が鼓膜を震わせる。  咥内の敏感な箇所を舌先でなぞられて、あかは苦しげに喘いで縋り付く手に力を込めた。  器用に絡まる舌と腕の温もりにほっと体の力が抜けていく。 「んっ  ぁ 」  ────かしん  顎のすぐ下、喉笛の辺りで小さな音がした。  首輪に当たって歯がごり……と音が響き、生々しいそれに鳥肌を立てながら身を引くと鋭い双眸が見据えていて…… 「   くそっ」  小さな呻き声は自分に向けられた物ではないのに、あかはびくりと身を竦めた。そんな腕の中の反応に、大神は一瞬怯んだような表情をしてからあかを床へと降ろす。 「直江」  先程までびくともしなかった扉があっさりと開き、口元をハンカチで覆った直江が一瞬視線を巡らせてあかを探した。  床に崩れ落ちるようにして座るあかを見つけて頷く。 「綺麗にしろ」 「分かりました。瀬能先生にも連絡を入れておきます」  ふぃ と小鬼の踊る背中を見せて、またベッドの方へと歩いて行って煙草を口に咥える。その姿は声を掛けられるのを拒否しているようで、あかは突然放り出された事に呆然としながら直江の促しに立ち上がるしかなかった。  

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