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ひざまずかせてキス 29

 ホテルのチャイムが鳴り、開けるのが非常に億劫だと思ったけれど、出ないと何をしでかすか分からない可能性がある為、渋々と言った風でドアを開けて男を招き入れた。 「ナーオちゃん!会いたかったよー!」  勢いよく飛び掛かってこようとしたのを避け、よろめいておろそかになっている足の前に爪先を出してやると、案の定あっさりとそれに引っかかって床に転がり倒れた。  けたたましい音に、怒鳴り込む人が出てくるんじゃないか……と一瞬警戒したが、幸い誰も出てくる事はなかった。 「   やけに早いな……」  相良に連絡を入れた時間と今現在の時間を見比べるが、連絡を入れてすぐに出たとしてもおかしい早さだ。 「どうやって来た?」 「ぶっ飛ばしてきた!」  派手なステッカーの貼られたフルフェイスマスクを、床に座り込みながら掲げて見せる。 「だからって  」  駄犬のように褒めて褒めてと期待する顔を見ると、溜め息しか出ない。 「よくまぁ捕まらなかったな」 「俺って運がイイ!運のイイ男って最高だよな!」 「それはどうかな」  掴まっていればいいのに……と思うが、新反解体法なんかに黙って従っている警察なんかは無能だから、こんな間抜けを取り逃がしても当然かもしれない。 「ナオちゃん、ニガニガしい顔になってんぞ?」 「まぁ、自損と言う事もあるんだ、気を付けるんだな」  床に座り込んだままの相良に出来る限り冷たく言ってやったが、なぜか相良は顔を輝かせてキラキラとした目でこちらを見上げてくる。 「心配してくれてるー」 「やめろ。暑苦しい」 「ヤダー感激~っ」  何をどうしても無駄なのかと、はぁと溜め息を吐いてベッドに腰かけた。  見遣ると、相良は物珍しそうに辺りを見渡し、何も入ってないテレビ台の引き出しを開けて大袈裟に驚いて見せた。 「この部屋って俺の為にわざわざ取ったの?」 「は?なんでお前の為に取るんだよ、出張用に会社から用意されたところだ」 「ヤクザも出張ってあるんだー?」 「     」 「大変だろうから、俺が癒してやろうか?」  体の埃を払うと相良は部屋に一つだけの椅子に座り、目の前のテーブルの上に広げてあった書類を興味なさげに指で摘まんだ。  ぺらぺらと捲り、異国の言葉でも書かれてるんじゃなかろうかと思わせる、不審な物を見る目でそれを見ている。 「オシゴト大変そうだし」 「書類に触るな!」  指をパチンと弾き、テーブルの上の書類を急いで纏めて黒革の鞄に片付ける。 「見ていい物じゃない。いい加減にしろ」  精一杯低い声で注意してみるが、叩かれて拗ねた顔をしている相良はどこまで分かっているのか…… 「カリカリしてんね?」  その苛立ちの原因が何を言っているんだかっ!  見ると気の抜けるような、間の抜けた顔がオレを見てにやりと笑った。

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