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青い正しい夢を見る 9

 息を吐いていいのか吸っていいのか分からずに、口からひ ひ と小さな声が出て、医者が穴を弄る音に被さるようにして響いた。 「あー まだ固い、な」  ぐにぐにと、尻の中で指が無遠慮に動いて内壁を擦る。  気持ち悪いと思うよりも、力加減のせいか痛みが強くて涙が出そうだった。 「  ────ぃ た  」  呻いて苦痛を訴えるのに医者の指は止まらず、二本目の指を差し入れてこようとした痛みでさすがに悲鳴を上げてしまった。 「やっ  いた  ぃですっ  」  はぁ?と奇妙な物でも見るような目でこちらを見、医者は面白くなさそうに細い目を更に細めて長く溜め息を吐く。その動作はまるで僕自身がとても悪い事をしたのだと言っているようで、思わず肩が震えて息が詰まる。 「まぁいいけど。検査結果はまた次回の検診の時に」 「つ ぎは、 」  乱暴に指を引き抜かれ、じくじくとした痛みでよろけるけれど、医者はそんな事には構いもしない。  とにかく露出している下半身を隠したくて服を整える僕に、医者は鬱陶しそうに視線を投げて寄越した。 「一週間後ね」 「   っ    はい」  素直にそう返事をしてしまったのは、相手が『先生』と名のつく相手だからなのか……  逆らう事も、文句を言う事も出来ないまま、小さく頷いて診察室を後にするしか出来なかった。  一週間に一度の触診と、それ以外は家で労働力として……それが僕の扱いだった。  辛うじて食事は摂らせては貰えているが、自由と言う時間はなかったし、少しでも気に食わない事があれば叱責と体罰を受けた。  撓る棒に叩かれる度に夜になったら出て行こうと思うものの、出た所で病院の看護師達のような態度を取られては と思うと身が竦んだ。  実家に帰る事が出来ればとも思ったけれど、向こうから連絡があったなんて話も聞かないし、ここに来た経緯を思い出すと匿ってくれる可能性はないだろう、そう思うといつも窓を開けただけで気力が尽きてしまった。  『オメガ』  それがこんなに差別を受ける性だとは思わなかった。  正直、新聞や本でしか知らなかったからだ。大きな学校で一人、居るか居ないかの存在に自分が当てはまるなんて、欠片も思っていなかった。  遠い世界の話だと思っていた事が身に降りかかってみると、やはりどこか現実味が薄くて…… 「   はぁ 」  叩かれて蚯蚓腫れになった足を擦り、今日も乗り越える事の出来なかった窓をそっと閉め、碌々眠る事の出来ない寝床に身を横たえた。  

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