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青い正しい夢を見る 26

「どう言った経緯で遥歩さんがそちらに?名字が違うのでご家族ではないですよね?」 「どうもこうも、突然ヒートを起こしたこの子のせいで息子が傷をつけてしまったから、こちらで引き取ったんですよ。放っておいてもって言ったんですよ?だけど巻き込まれただけなのに、可哀想だからって連れて来るんですよ。優しい子でしょう?捨て犬とか捨て猫とか、拾ってきてしまう子なんですよ、だからうちの庭には  」 「ああ、では番になったので傍にいる  と?」  正美さんの事を話す奥様の勢いが止まりそうになかったので医者がそう話を遮る。  嘘ばかりの話をこれ以上聞かなくてもよくなった事にほっと胸を撫で下ろすと、医者の視線がこちらを向いた。 「訂正箇所はある?」 「訂正……ですか?」  並び立てられた嘘を直せと言われて戸惑う僕を押しのけて奥様がきっと医者を睨みつける。 「私の言葉に間違いがあると⁉︎」  ちょっと甲高くなる声は当たり散らす前兆だった。  慌てて奥様の腕を掴んで首を振り、医者にも首を振って見せる。 「    分かりました。それでは遥歩さんは今、抑制剤は飲んでないですよね?」 「え?よ  く   ?」  聞きなれない言葉を繰り返すと、奥様の目が鋭くなる。 「そんな物要りません!この子には早く子供を産んでもらわないといけないのに!それでなくとも一度無駄にしているんだから……」 「まぁまぁ、でも、ヒートは体に負担を掛けます。少し体調が戻るまで使われてもいいかもしれませんよ、母体がしっかりしないと妊娠はしにくくなりますから」  え とか、う とか呻き、奥様の中で計算がなされているようだ。 「抑制剤は、ヒート期間の延長と固定化を目的として使われます、抑制 なんてついていますが、完全抑制ではなくサイクルを整える薬だと思っていただければ」 「でも子供を産むのに薬は……」 「近頃は影響のない物の方が多いんですよ、僕らの世代はとにかく薬は避けられていましたけどね。体を休める為に睡眠導入剤の服用もおススメします、貧血も過労もあるようなので」 「睡眠薬⁉」  奥様の顔色が一気に赤くなり、明らかに怒りの風だ。  昔、睡眠薬で胎児に影響があった事件があったと聞くから、それを思い出したのかもしれない。 「これこそ、影響はないです。むしろ風邪薬の方が悪いくらいで……健康な赤ん坊は健康な母体から、健康な母体は良い睡眠とノンストレスな生活からですよ」  と とペンの尻で指されて、奥様は大げさなぐらい飛び跳ねて見せた。 「セカンドオピニオンをされても構いませんが、普通医とバース医が使う薬は違う物も多いので、バース医を探して診て貰って下さいね」  ぐ と言葉を喉に詰まらせた奥様は、やはり忙しなく頭の中で計算をしているようだ。  もう一軒、バース医を探す労力と、このまま黙って僕を診察させる事と…… 「ただバース性を診れるのはまだ数人です、探し当てても遠方でしょうね」 「  っ、何か ありましたら責任は取ってくださるんでしょう?」  奥様に頷き返す医者の後ろに控えていた看護婦が僕を見て、医者と同じように綺麗なウインクを見せてくれた。

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