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青い正しい夢を見る 54
「 元気でいてね、貴方は 生きていてね」
成長する事のない娘を想っての言葉だったのか、微かな鼻声だった。
背中を押す掌が離れて温もりが消える前に、僕はさっとその手を掴んで引っ張る。
「遥歩さん?」
「い っしょ に、行こ 」
碌々水分を取っていなかったせいか、喉が嗄れて言葉ははっきり出なかった。
けれど気持ちを伝えるには十分で、野村さんは月明かりでもはっきりと分かる程はっと目を見開いて僕を見る。
言葉を募るのは元々得意じゃなくて、だから一緒に模擬店を回ろうと言ってくれた時にも碌な返事を返せなかった。
でも、あんな後悔をもうしたくないから……
「 お、かーさん、行こ う」
振り払われたくなくてぎゅっと力を込めてその手を握る。
温かかったのに急に体温が消えた指先は小さく震えて汗ばんでいて、僕はその手を逃がさないように更に力を込めて強く握り締めた。
野村さんの緊張が伝わって、怖さで崩れ落ちそうだ。
「 ……」
先程まで辺りを照らしていた月が雲に隠れて、辺りは闇の中にそっと落とされた。
怖くて、怖くて、陰になってしまった野村さんの表情を覗きたいけれど、それも怖くて……
「 ────っ! ────っ‼」
ひっと肩が跳ねた。
何を言っているのかは判断できなかったけれど、屋敷から聞こえるその金切り声の絶叫は恐怖を呼び起こすには十分で。
「 おね が 」
ぎゅうっと力強く手が握り返される。
「 荷物を貸して」
僕の腕から鞄をもぎ取り、明かりの灯り始めた屋敷を一瞥して野村さんは走り出した。
腕を引っ張ってくれていなかったら、僕はつんのめって倒れてまた奥様達に掴まっていたかもしれない。
「 うん」
しっかりと繋いだ手から伝わる鼓動が同じ速さで脈打ち始める。
背後から聞こえる怒声に、振り返る事はしない。
雲が月明かりを隠してくれたから出来た闇に紛れて、僕達はその日、重苦しく沈鬱で、墓場の様に重苦しいその屋敷から逃げ出した。
END.
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