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花占いのゆくえ 8

 苦々しい表情を必死に隠そうとしている六華と、いそいそと今にも爪先を蹴り上げて飛んでいくんじゃないのかと思える薫と。  オレからさようなら と告げたのはまだ最近で、あの時は薫が他の奴のトコに行くのならそうするべきだと思えていたし、もう話も出来ないのだと諦めていた。  けれど、お隣同士で同じ学校で同じ学年で……どうしても顔を合わさないといけない日々が続くことに、友人としてなら話すことが出来るんじゃないかって、ちょっと期待をしてしまって…… 「薫!」  声を掛けると一瞬リズムが狂ったけれど、薫は足を止めなかった。  それが、オレを置いて二人で仕事に行くのだと言って、後ろも振り返らずに出て行く父と母に重なって見えて…… 「  ────かおる」  思わず幼い頃の呼び方が出てしまった。 「…………喜蝶、ごめんね。行かなきゃ行けないところがあるから」  幼い子供に言い聞かせるように言われて、馬鹿にしてるのかと他の人間に言われたなら怒りもするだろうけど、薫のこれはオレと向き合ってくれている証拠だ。  以前に抱き締めた腕から逃げられて以来、ずっと避けられていたから、返事をしてくれたのが嬉しくて……  駆け寄ってその黒曜石みたいなキラキラした瞳を覗き込んで微笑んだ。  薫の瞳に、オレしか映っていない。  嬉しくて、嬉しくて、舞い上がりそうだ。 「えっ  と、用があるなら簡単に……」 「海浜学校の準備いつする?いつ買いに行く?」  海の近いつかたる市では、毎年の夏に海浜学校と言う名の宿泊研修がある。  小学校も中学校も、去年も一緒に必要な物を買いに出たり、準備をしたりした。今年も、そろそろ用意を始めなきゃ行けない時期だ。 「あ。  ただな   いや、六華と行く約束しちゃったから!」  薫のその言葉に「初耳だよ!」と言う表情を隠せない六華が、大慌てで薫を見て、オレを見て、もう一度おどおどと薫を見て、気まずそうに汗を流してから視線も合わせず「そうだよ」とモゴモゴと返事をした。  相変わらずわかりやすい表情してるな なんて思いながら、薫が言い直した言葉を脳内で繰り返す。  ……ただな? が、薫が言っていた恋人で……いいんだろうか?  顔も見たことのない相手に殺意が湧くと言うのを始めて経験した。  そのただな?に薫はドコまで、ナニを許したのか考えただけで胸が詰まって吐きそうだ。  険しい顔をしていたのか、オレの顔を見て薫は微かに怯えたような表情を浮かべて、それを振り切るようにグッと体に力を入れた。 「  っ、喜蝶……ごめんね」  いつもオレを見て微笑んでいた目が逸らされて……  オレが映らなくなって……  背中が、見えた。  家に帰ってもひやりと静まり返っていて、今日も両親が帰って来ていないことが分かる。  肋骨にヒビが入ったと、連絡はしたし早めに帰る と連絡が返ってきてはいたのに、未だ帰ってこない。  カレンダーを確認してみれば本来の帰国日は昨日だった。  日付を辿る指先が重く思えて、ぽとりと脇に垂らしてよろよろとリビングのソファーに転がる。

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