359 / 665
花占いのゆくえ 14
オレをまっすぐ見れないらしく、視線はぎしぎしと痛む胃の辺りだ。
「彼が喜蝶くん?」
「はい、幼馴染の 」
言葉が途切れて、視線が揺れてオレの手に移る。
今、オレの左手はミナトの手を掴んでいて……
震える視線がオレの手を辿ってミナトを見つけて……
「 喜蝶、この人は……忠尚さん、で 」
「 っちは 」
ぶっきら棒に呟くように言った挨拶はこの人ごみの音に紛れて届かなかったはずだ。なのに忠尚はオレににこやかに笑って頭を下げて見せて。
まともに挨拶も出来なかった自分が酷く情けなかった。
それと同時に、薫が忠尚に笑いかけるのに酷く腹が立って、オレを見ない目がこちらを向けばいいと思った途端、勢いのついた言葉が口から飛び出てしまった。
「かおるっ この人は今、お付き合いしてるミナトさん」
ふるり とオレを映さない黒い瞳が揺れる。
こちらを見るかと一瞬期待したのに、薫の視線はオレを通ってミナトへと移って行く。
「こんにちは」
オレを見ないまま口の端に笑みを作って、ぺこりとお辞儀をした。
三人が挨拶のような簡単な会話をするのを眺めていると、黒い瞳が、オレを素通りして……
「じゃあまた学校でね」
胸の前で小さく手を振って薫はオレを見ないまま背を向けて、それを追いかけるように忠尚が頭を下げて踵を返した。
あいつが薫のナニなんて説明されなくてもわかるには十分だ。
苛ついたままにぐっと力を入れてしまうと、痛みを感じたのかミナトが小さな声を上げた。
「 っ!」
「あ ぁ、ごめん……」
繋いでいた手がじっとりと汗ばんでいて、握り締めたせいか赤くなったミナトの右手に視線を落とす。
細い、頼りない、気分のままに力を籠めたら壊れてしまいそうな繊細な作りの指先だ。
「ごめん、芸術家の手なのに」
両手で改めてその手を包んで、赤くなってしまったところをそっと撫でた。
芸術の道を進んでいる人間の手を痛めてしまったことが申し訳なくて、項垂れてもう一度ごめん と繰り返す。
「そんなっ そんなヤワな作りじゃないよ」
オレの手を逆に握り返して、黒い瞳が見上げて微笑む。
ミナトがオレだけを見上げてくれているのがわかって、その安堵感にほっと胸を撫で下ろした。
勉強机の正面にある窓から見える先に、薫の部屋の窓がある。
棚が側面にあるタイプの机だから、そこに座ったら自然と窓が目に入るようになっていて、薫が部屋にいるのかどうかがわかった。
カーテンが暗い中に明るく浮かび上がって、暖かそうなそれを眺めるのが好きだ。
電気をつけていない暗い部屋から見ると、明るい緑の布が暗い中ではっとするほど鮮やかで、安らいだ気分になる。
ともだちにシェアしよう!