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花占いのゆくえ 18
人質のように捕まえたままの舌の先を軽くオレの舌で突く。
「 ひ、ひょ ぃあ、ぃあっ」
濡れて光る眼を見れば、言葉がうまく出ていなくても何を言っているかは容易に想像が出来る。
オレを受け入れてくれているのに、どうして「いや」なんだ。
ジリ……と胸が焦げる。
それはオレを拒否しようとした行動だったり、薫から臭ってきたオレ以外の男の匂いのせいだったりするわけだけれども……
覆いかぶさるようにしてまた深くキスしてやると、オレを突っぱねる手に力は入らなくなって、腕の中で頼りない両手が縋るように服を掴んでくる。
甘い、唾液が舌に絡む。
くらくらするような甘い匂いが濃くなって……
「 は、は な ────っ」
パンッ と小気味よい音が耳の傍で弾けて、ぐらりと体が傾いだ。
頬に痛みがじわりと広がって、オレと薫の間に出来た隙間に小さな風が吹く。
「っ は、離してくれないとっ も、もう一回叩くよっ!」
オレの手を擦り抜けて行こうとしたのを引き止めるために、ぐっと手に力を込めた。
やっぱり、この匂いだ。
甘くて、美味そうな、オレの大好きな匂い。
手放そうとしても、絶対に無理だ。
この匂い以外何もいらない。
「叩いてもいいよ、何してもいい、だから 嫌いにならないで」
涙で揺れる黒い瞳を見つめて、「大好きだよ」と囁く。
「 っ」
「かおる。大好き」
強いて挙げるなら匂いに惹かれている。
どこが一番好きかと尋ねられたらそう返すだろう。
でも、
黒い瞳も好きだ。
黒い髪も好きだ。
控えめな赤い唇も、
日に焼けると赤くなってしまう白い肌も、
柔らかく撓る体も、
ふわふわとしているのに、しっかりと芯の通った我を持っている所だとか、
全部好きなのだけれど、結局薫のすべてを愛しいと思っている。
「 愛してる」
心の奥から絞り出すように告げたのに、オレの言葉が伝説級の切れ味を持つ刃物だったか何かのように、薫は酷く傷ついた顔をして涙を零し始めて、オレの手を振り払ってしまった。
「番になれないのにっそんな事言わないで!」
勢いよく窓ガラスが閉められて、オレが縋りつく前に鍵が掛けられてしまい。
この時間に玄関から訪ねるのはさすがに非常識過ぎだ と、冷静な部分がオレに忠告を出してきた。
ここからすぐに飛び降りて、玄関のドアを叩きたい衝動を抑える為に、カーテンが揺れる窓の下に腰を降ろす。ここからだと自分の家が邪魔になって月はおろか星空も満足に見えない。
明かりをつけていないせいか、暗く鏡面のようになった自分の部屋の窓ガラスが見えるだけだ。薫が再びこちらを覗きこんでくれるんじゃないかって言う淡い期待を胸に、しばらくそこで待ったけれど、結局オレの周りに来たのは血が欲しい羽虫だけだった。
「 ────番に なれないのに、か」
どうしてオレが一番惹かれる相手が、βなんだろう。
「オメガだったら……良かったのに……」
小さくぽつんと呟いて、オレは薫を待ってその日の晩をそこで明かすことになった。
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