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落ち穂拾い的な 女装は完璧に

 長い髪をぱさりと背後に払う動作をすると、毛先が組み敷いた男の肌の上でパシリと音を立てた。  小さく呻いて、男はその刺激から逃げようとするが、赤い麻縄の食い込む体ではうまくいかず、まるで芋虫のようだ。 「ふ ふふ、いい恰好」  立ち上がって、満足気に見下ろす。  黒くて艶のあるボンテージ風の衣装に、室内だけれど地面に下ろしていないしいいだろう と自分に言い聞かせて履いた赤い艶のある先端の尖ったバレエシューズで、ジタバタと無様にもがく時宝の尻を踏みつける。  固そうな見た目を裏切る弾力がクセになりそうで、何度も繰り返しクニクニと力を込めた。 「ま、まどかさんっ俺っこう言う趣味はっ」  そう言いつつも綺麗に拘束し終わるまでじっとしているのだから、もう合意でいいだろう。  網タイツを履いた足はいつものヒョロいだけの足と違っていて、見た目に強弱がはっきり分かるせいか自分の足だと分かっていても艶かしく見える。 「やめてぇ」 「うるせぇだまってケツ出せ」 「ダメ!ダメなんです!アルファ味が薄いって言われてっ」 「? なんだ?アルファ味?」  オレから言わせれば時宝はどこからどう見てもαでしかない。 「事務所から……全然アルファっぽくないって」  びぇーん と泣きそうな顔で言う。  何番煎じかわからないけれど、時宝の芸能事務所はαを売りにして売りだそうとしているそうだが、時宝にはαらしさがないとお叱りを受けたばかりらしい。  見た目の段階ですでにα様々なのだから、これ以上何を求めるんだろうか?と疑問に思ってしまう部分が、オレは素人なんだろう。 「な、なので、逆とか……どうです?俺のちんぽでゴリゴリしてあげますから。まどかさんのちっちゃいシリアナに俺の血管バッキバキのエグイのねじ込んで、イき過ぎアへ顔でダブルピースさせてあげるから!」  ふむ と顎に手を置いて視線をずらす。  その先には、赤い麻紐に締め上げられているのに嬉しそうに勃起して、だらだらと我慢汁を滲ませている時宝のお宝がそそり立っていた。 「ちゃんと奥まで届けて、その入り口にちんぽでちゅーするよ?そうしたらまどかさん子宮キュンキュンなって孕んじゃうかも……っ  ぶっ!」  エナメルの艶のある先端で口を踏んづけてやると、さすがに言葉が途絶えた。  時宝とのあの一夜を思い出すと、腹の奥が焦れるような焦れないような、躾けられた犬のように体が反応するが今はよろしくない。 「ど、どひぃたの?まほかしゃーん?」  ノらないオレに時宝がキョトンとしている。  もし履いていた靴がピンヒールならば、ぎゅっとそのヒールで力を込めて踏んづけてやればいいだけの話だ。  なのにそれをしないのが不服なのか、時宝はチラチラと窺うように見上げては期待したような微妙な熱のこもった目でこちらを見ている。  なるほど、イジメて欲しいんだろう。  よしよし!ちょっとこのイライラに付き合って貰おうか! 「えっあっまどかしゃん⁉あ゛あ゛ーっ!」      キィ と椅子を軋ませて瀬能先生がこちらを向き、すこぶるいい笑顔で 「────おしっこかけてくれない?」  そう宣った。 「 あ、あー……顔でいいですか?」  『あ、あー』の間にいろいろ考えた。  転職先とか、性癖とか、見かけによらないとか、好みは人それぞれだとか、もう一回転職先だとか、変態だとか、嬉しそうだとか、やっぱり転職先だとか、掃除とか、一周回って転職先だとか。  最近、ストレスのせいかイライラと言うかムラムラと言うか、そんな感じで苛立ちが目立ち始めていたので、ちょっとした憂さ晴らしになるかもしれないと、頭の隅が喜んだのも一瞬だった。 「うん、ここにお願い」  やはりすこぶるいい笑顔のまま、瀬能先生は白い棒を差し出した。 「あのっくっっっそジジィ!人の話なんか聞きやしねぇ!」  つい漏れた心の声と共に引き千切りそうなほど締め上げてくる時宝の中に押し入ると、「ひぐっ」と小さな悲鳴のようなものが上がって、背中全体がびくびくと小刻みに震えた。 「  っあー……ぃ、ったいくらいキツイ」  締め上げてくる痛みと綯い交ぜの気持ち良さを堪えるために、深く吸った息を留めながらぐっと額を時宝の背へと押し付ける。  気持ち良くて、  気持ち良くて、  もう出てしまいそうなのをぎりぎりと歯を鳴らして堪えると、ぐずぐずに泣きそうな時宝が身を捩ってこちらを向いた。 「まどかさん  なんかあった?」 「…………」  下半身も上半身も雫で濡れてぐずぐずの癖に、そんなことを聞いて来るものだから……  タブレット画面をこちらに向けられて、そこに映っているグラフを見る。  微かな上下はあるものの取り立てて急激に何かが上がっているわけでも、下がっているわけでもないように見えて、「だから何?」だ。 「タグから送られてくる君の体温や心拍数なんだけどさぁ」 「は?はぁ?」  この研究所内の人間の体温心拍等々はすべて記録される、自他のための安全のためであり、研究のため と聞かされている。 「ここ、ここ」  二本の指先が画面を拡大して見せるも、オレにはやはり日々の誤差程度にしか思えない。 「変化があるだろ?」 「   あ、の、 」 「もう時間もいいかな、さっきのを出してくれる?」  促されて……抵抗したかった。  んが、それも無駄なのはわかっている。でも、瀬能先生じゃあるまいし、汚物を掛けた物を嬉々として見せるのには抵抗がある。  それと、コレがナニか分かったから…… 「   …………」  もそもそと後ろから小便を掛けたアレを入れた袋を差し出すと、瀬能先生は満足そうに頷く。 「……あくまでこれは簡易だからね、後でちゃんと診てもらってね」  袋をその胡散臭い笑顔に投げつけてやりたい気分で、呻くように返事をした。 「ま、ま、まどかしゃ……? ぅ、あ  っ」  ずるる とナニを引き出して、もう一度最奥目掛けて腰を突くと、不安そうにオレを見ていた目がぎゅっと閉じて震える。  ……不安なのはオレだし、震えたいのはオレだ。 「  っても、しょうがないよな    っ」  諦めて呟いた言葉のお陰で肩から力が抜けたのか、その拍子にぎゅっと絞られて射精感に抗えなかった。  痙攣が体中に広がるようで、息が出来なくて喘ぐように喉が鳴る。 「まど、まどかさん?」  どうしたの?と窺う瞳がオレをちらちらと見て、熱が冷めたお陰でその視線に素直に応えることが出来そうな気分だった。 「なんかあったの?俺で聞けること?」    こんな扱いをされてもオレを心配してくれる奴だ。 「…………」 「らしくないよ」  柔らかな声でそう言って、時宝は赤い先端に口づけてきた。抱えた足の先にうっとりと唇を寄せる時宝を眺めて、言葉を探して眉を寄せる。  こんなことをされても、逆にオレの心配をするのか?  ……いっそ、愛想を尽かしてくれたら話は簡単だったのに…… 「    なん、でもない」 「この格好にローヒールなんて似合わないのに。まどかさんらしくないよ。なんかあったんでしょ?」  ん?と優しく笑んで覗き込む時宝は、すっかり忘れていたけれど前途洋々たるαだ。しょんぼりとしたダメなΩとは釣り合わない。  ほんの一瞬の間に考えて、考えて、考えて……やっぱりオレは、この事実を告げないことにした。 「……これしかないんだよ」  それが靴のことなのか、決断のことなのか自分でもはっきりしなかった。  男型Ωの、女性の子宮の代わりになる部位である胎宮は前立腺と精嚢の間辺りにある。  そこが機能し始めると……周りの器官が圧迫されて…………  男型Ωの場合は、ホルモンバランスの崩れで苛立ちと、性欲の増加がみられるのだそうだ。 「? ホントに?」  訝しむ顔に曖昧に笑って見せるしかなかった。 END.

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