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かげらの子 9
蛇……
先触れを伝えるの、未来を見通す神だと言う事で、この村独特の蛇の祭神を祀っていると捨喜太郎は聞いていた。
この村に滞在を許して欲しいと幾度も頼み込んだのは、それを調べたいが為であった。
「ご案内の前に、まずは屋敷で足の手当てでございますね」
「すまない」
いえいえ と屈託のない笑顔で返してはくれるが、捨喜太郎は目の前の坂を見ると笑い返せる気がしなかった。
村の入り口こそ坂も緩やかであったけれど、奥に行くにつれてその傾斜は増しており、見た目だけで判断するならば最奥の他の家よりも大きく見える家屋が留夫の言う屋敷のようで。そこまでの道のりに捨喜太郎はぐっと唇を噛む。
とは言え、この足の状態では何を言っても詮無き事なので、捨喜太郎は留夫に体重を預けてひょこりひょこりと足を出した。
カコカコ と言う音と共に人の歌声や話し声が聞こえ、田植えと言っていた留夫の言葉を思い出す。
「忙しい時期でしょうに、良かったのでしょうか?」
思わず口を突いて出た言葉は、本心は半分程だった。
これで実は迷惑だから帰ってくれと言われても、捨喜太郎はどうしようもなく途方に暮れてしまう所だろう。
だからと言って、さすがにこの時期の重労働さは理解しているつもりだったのでそう言ってはみたが……留夫の反応を窺いながら内心はこの足なのに追い返されるのではなかろうかと戦々恐々としていた。
「いえ、今 だからこそでございますよ」
懐こい笑顔を見せて、けれどその言葉の響きは捨喜太郎が思うよりも硬質だった。
どう言う事だと尋ね返そうとしたが、「よいせ」の掛け声とともに二つ三つある階段を勢いよく引っ張り上げられて、その言葉は霧散してしまう。捨喜太郎の耳に、わっと一際大きく届いた雀避けの木の音と、そう多くない人数が田を植える際に歌う言葉が届く。
捨喜太郎の地方とは歌詞も抑揚も違うせいか異国めいた言葉に聞こえる。
田植え唄だと言うのに、聞き慣れないせいか魔女の口上にも、怪しげな祝詞にも思え、捨喜太郎はその言葉を聞き取ろうと耳を澄ませた。
── 先神様の おなり
先神様は 番を
水の季節に 探される
花嫁ならば 雄の先神様がくる
花婿ならば 雌の先神様がくる
今年の花は どちらやぇ ──
その内容全てを聞き取れた訳ではなかったけれど、耳に入って来た部分はそう言った内容だった。忘れないようにと捨喜太郎は胸中で繰り返し、他に歌詞はないかと耳を澄ませる。
「──、────」
「 ────」
「────、────……」
ふと、良く聞こうとしていた歌声が止み、急に村の中に響くのは山の木々の間を縫って届く風の音と、それに乱暴に揺すられてコトコト カコカコ と音を鳴らす雀避けのみだった。
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