492 / 665

かげらの子 17

 人の側に決定権のある神事を聞いた事があったか、捨喜太郎は風に揺れる緑の葉を眺めながら何度も思い返そうとした。  石を投げて判じるのでも、棒を引いて判じるのでもない。 「この歌だと、この村の作物は豊穣となってしまう」  昨日聞いたそれが全文だとは思えなかったので、その続きを聞く事が出来ればまたこの疑問を解決する事が出来るかもしれないと、捨喜太郎は欠片の揃い切らない問題を考える事に一抹の不条理さを覚えて唇をひん曲げた。 「  ──先神様の おなり     先神様は 番を     水の季節に 探される     花嫁ならば 雄の先神様がくる     花婿ならば 雌の先神様がくる     今年の花は どちらやぇ ── 」  呟いて、どちらが豊穣神でどちら不作神なのだろうかと首を捻った。  蛇神は男でも女でもどちらの性質も見られるのが特徴と言ってもいい神だ。雨や雷を呼ぶ性質を考えれば慈雨で潤し雷で実らせる雄神の特徴であろうし、地母神の性格を強く見るならば雌神が豊穣を運んで来る事になるだろう。  勿論、神なのだから良い面ばかりではないのは承知ではあるが…… 「この歌を豊穣の歌と取るのがおかしいのか?」  だからと言って、歌詞のままだとしたら田植えに歌う意味がないのではなかろうかと、出口の作られていない迷路遊びをする気分に陥って大きく息を吐く。  妹には、「溜め息を吐く度に幸せが逃げますよ」と窘められるので、捨喜太郎はこれを深く呼吸しただけだと言い張るのが常だった。 「  ──── ⁉」  それは一瞬見えた木々の間から射るように光った何かだった。  はっと体を前のめりにさせ、足の痛みも忘れて体を大きく窓から乗り出させる。 「な  」  何?  山暮らしならばその正体を動物ですよ とか、木々の木の根元に夜露が溜まってそれが光ったのだ とか、言えたのだろう。けれど捨喜太郎は何もそれの答えを持っていなかったせいで、暗い葉の下の光に頗る惹かれてしまった。 「誰か、いるのか?」  痛みを訴える足首を邪魔に思いながらも、痛む足では思うように窓を乗り越える事が出来ず、草場の中に灯るその光に向けて声を声を掛ける。風が強いせいで聞こえなかったのかと、捨喜太郎はもう一度小さく声を掛けてみるが返事はない。  何かの見間違いか……と捨喜太郎が自嘲を浮かべる頃になってやっと、その光が小さく瞬いた。

ともだちにシェアしよう!