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かげらの子 29

 水があるのかすら疑ってしまう程の、神秘の透明度を誇る湖の瞳だ と、揶揄われている状況だと言うのに捨喜太郎は思って胸を震わせる。  その水面を覗き込んで、自分がそこに映ったとしたら……  堪らなく、気持ちのいい…… 「ほら、客人のも咥えてやんなぁ?」 「都会ん人間の、逸物はさぞぉ立派なんや?」  ぐっと肩を押されて捨喜太郎の上半身が傾ぎ、小便の臭いがむっと鼻を突いた。嫌悪感がある筈なのに、それでもなお宇賀に近づく事が出来ると言う不思議な高揚感で、捨喜太郎は瞬きも忘れてその白い面を覗き込む。 「  ────お前ら、 何、いちびっとる」  切り裂くような声音だ。  一瞬で男の手が緩んだし、吸い込まれるように宇賀の瞳を覗き込もうとしていた捨喜太郎の意識が逸れる程、強い意志が籠った言葉だった。  背後の男達の戸惑う気配に、捨喜太郎は一瞬で現実に引き戻されて、慌てて声を掛けた男──留夫を見上げる。  下から見上げているからか、その瞬間に見えた留夫の姿に怖気を覚えて反射的に湿気った地面を鷲掴む。 「  留夫さま……さん、すんません、すんません、す 」 「 ──お客人にはわやな事せんように と、」 「はいっはいっ は  ぁ、わ、分かっとります」  幾ら留夫が丈夫そうな体をしているとは言え、二人がかりならば勝敗は男達に上がりそうなのに、何故だか酷く繰り返し頭を下げては謝罪を口にしてばかりだ。 「榎本様、驚かれましたね、田舎者の悪ふざけなんですよ」  丸い顔にいつもの懐っこそうな笑みを浮かべて、留夫はへこりと頭を下げる。そうすると普段の甲斐甲斐しく働く姿そのままで……  捨喜太郎は居心地悪く思いながらも曖昧に頷いて納得する振りをするしかなかった。 「明日にでも宇賀と引き合わせようと思うておりましたが……」  至近距離でへたり込む二人に視線を遣り、留夫は貼り付けたような笑みを乗せる。 「まずは汚れを落とさんとですね。宇賀、お客人と川で体を洗って来たらどうだ?」  どうだ と問いかけの形を取っていたが、それは命令と同じ言葉だ。  感情の波のない瞳が留夫を見上げ、捨喜太郎を見詰め、それから一度だけ瞬く。 「  ぅ 」  口の端の汚れの残滓を拭い、宇賀は小さな子供のようにこくりと頷いてから立ち上がる。そして傍らに落ちていた何かを掴むと、捨喜太郎を振り返りもせずに迷いのない足取りですたすたと斜面を登り始めた。

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