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かげらの子 62

 黒い艶のある髪は枯れ葉が絡まり縺れており、服も乱されたままだった。手で払える物などたかが知れていたが、それでも何もしないよりはましだ……と、宇賀の髪に絡んだ葉を一つ一つ取りながら、その体に大きな傷がないかを確認する。 「怖かったな、もう大丈夫だからな。酷く痛む所はないか?おかしな痺れはないか?」  そう問いかけると、宇賀はこてんと首を傾げてからよくよく考える素振りを見せてからゆるく首を振った。  そして逆に捨喜太郎の顔に触れ、柳眉を下げて伺うように首を傾げる。 「私も平気だ。すまない……私事に巻き込んでしまって」  自分自身ですら何が原因かは分かりかねたが、村人達の文句を考えるならば宇賀が巻き込まれたのは間違いない筈だ と、捨喜太郎は長い黒髪を指で梳きながら頭を下げた。 「おやめなさい」  また自己満足と窘めるのかと捨喜太郎はさっと伊次郎を睨みつけたが、その視線に怯んだふうでもないのにそれ以上の言葉は続かず、諦めたような溜め息だけを吐いて二人に背を向ける。 「手当の間だけ滞在を許します。さぁ部屋へ」  客間として使っている部屋の方を示され、この村の人間として最大の譲歩を引き出せたと思った捨喜太郎は気が変わる前に……と、急いで宇賀の手を引く。  読み取れない表情の伊次郎に急いで頭を下げてその前を横切り、止められやしないかと言う気持ちを隠せないままの足取りで宛がわれた部屋へと向かった。  きょとん とした表情のままの宇賀を促して窓の傍らに座らせる。空気を通す為に窓を開けてから傷を見せて欲しいと告げると、宇賀は小さな子供のように首を振ってそれを拒絶し、落ち着かなげに窓を見て、それから何かを言いたそうに捨喜太郎を見詰めて眉を八の字に歪めた。  そうすると物悲し気で、捨喜太郎は何が彼を悲しませているのか、どうして悲しんでいるのかをなんとしてでも知りたくなったし、可能ならばそれを取り除きたい……取り除けるならどんな苦労も厭わないと思えるような心持になって、額を床に擦り付けたい気分で宇賀の手を取る。

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