568 / 665
かげらの子 93
それでも宇賀が先導するようにしっかりとその手を握ってくれているので、辛うじてと言う足取りで踏み固められただけの整地されていない道を駆け降りる事ができた。
────カコカコ
コトコト────
いつもと変わりない、それだけが時を切り取られたかのように雀遣りの音が風に吹かれて聞こえてくる。
この数日で村の中を歩き回ったとは言え、道の起伏まで覚えている訳ではなかった捨喜太郎は足元にあった小さな土の盛り上がりを踏み損ねてしまい、よろりと体が傾いだ。
「 ────っ」
「あ」とは辛うじて声を上げる事はなかったが、咄嗟に突こうとした手の先に一瞬細い衝撃が走った。
刃物のように鋭くはないし、それ自体は捨喜太郎の体の何を傷つける訳ではなかったけれど……
────ガコガコ
ゴトゴト────
軽やかな風に揺れる音ではない、明らかに異常な割れるような音は静まり返った暗闇の中の村に不穏な事が起こっていると知らしめるには十分だった。
「 さき た 」
けたたましく鳴り響く音に怯えて宇賀が足を竦ませる。
伝播して行く雀遣りの音に息を飲んで思わず宇賀を引き寄せ、腕の中にきつく閉じ込めた。そのまま気配を窺い、震えた紐の揺らぎが無くなり音が余韻を伴って消えるまで、お互いの心臓の音に縋りながら呼吸もままならない程にじっと蹲っていた。
────コトン
最後の音が静寂に消えて、詰めていた息をそろそろと吐き出す。
強く風が吹く事もあるのだし、杞憂だったかと口の端に苦笑を乗せようとした瞬間、ぱ と視界の端に明かりが灯った。
「────っ‼」
どちらからともなくさっとお互いの手を握る。ほんの一瞬、遠くに灯った人の手で作られた明かりを映す瞳を見詰め、頷き合う事もなく弾かれたようにその場から駆け出す。
背後で小さな声が上がっても、確認の為に振り返る事が出来なかった。
視線を、この仄かに月に光る道から逸らしてしまえば途端、奈落に落ちてしまいそうな錯覚に二人の繋いだ手は汗でぐっしょりと濡れている。広まって行く人の騒ぐ声に、ここで捕まればどうなってしまうんだろうと言う胸中の言葉を二人とも飲み込んで、ただ一心に足を前に動かす。
お互いの手を支えに、そこに行けば逃げ切れるのだと信じて……
「 あそこにおる!」
月が雲の切れ間から顔を覗かせ、平素ならば感嘆の声を上げて見詰めるであろう美しく輝く球体の光の塊が辺りを照らす。ざわざわと風に揺れる群れた人の手のような草が明かりを得て正体を暴かれ、深い緑を曝け出して二人がここに居るのだと知らしめる。
人の視線が背後に突き刺さるのを感じながら、ああ もう少しだ と捨喜太郎が宇賀の手を引きながら走る続ける。
ともだちにシェアしよう!