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かげらの子 94
「う が、宇賀っもう少しだからっ! もう少し……」
口に出せば願いが叶うと信じて、捨喜太郎は譫言のように切れ切れの息の下からそう宇賀を励ます。
「 さきたろ」
荒い呼吸の端で小さく宇賀に名前を呼ばれ、捨喜太郎は後ろを振り返る。
長い髪を汗で頬に張り付けた宇賀が小さく微笑んだ、喉の奥にぐっと唾を押し込んで、宇賀に応えるように笑って見せた。
「ほら、行こう」
踏み出したそこは初めて宇賀と出会った場所だった。
足を泥濘に取られ、慣れない道に足を挫いて動けなくなった村の入り口だ。
宇賀が隠れていた道祖神の岩を見ながら、呪詛から解き放たれるかのような、古臭い慣習に縛られて雁字搦めになった村から軽やかな心持で踏み出した瞬間、
「 ──── さ、 き 」
しゅる と言う音に気が付かなかったのは、自分達の心臓の鼓動ばかりを追いかけていたからなのか。
小さく声を上げた宇賀に再び振り返った途端、捨喜太郎はその心臓の音が止まったのだと思った。
「う が っ 」
手汗に濡れた手が滑り、指先が求める余り空を掻く。
跳ね上がった息の下から名を呼ぶも、それはしゅるしゅると言う蛇達が擦れる音に紛れて宇賀の元へは届かない。
幾筋もの大小の蛇に絡め捕られて、宇賀の腕が伸ばしきれずに空を切った。
何 とは、捨喜太郎は思わなかった。
夥しい量の、様々なこの山に住まう蛇達の織るその様相は……
繰り返し繰り返し聞いた「出られない」と言う言葉が耳の奥に木霊する。
「………… へ び っ そ、んな」
その紐状の生き物のどこに人を引き摺る力があるのか、引き倒されて蛇に埋もれる宇賀の言葉にならない悲鳴がつんざく。
「 っ そんな事っある訳ないだろっ‼」
ぞっとする程ひやりとして、それでいて固い鱗の下に僅かにぐにぐにと確かな生きている肉の感触のある胴を掴んで引き剥がす。
何匹も絡まり、払っても払ってもいつの間にか忍び寄ったその倍の数の蛇が、宇賀の体に巻き付いてずるずると山の方へと緩慢な動きで連れて行こうとする。
「宇賀っ!」
名を呼ぶも蛇に埋もれた中から応えはなく、しがみつくように一瞬指先が動いたのが見えただけでそれもあっと言う間に蛇に埋もれて消えた。
あれ程必死に踏み出した道祖神の隣を躊躇いもなく駆け戻り、一塊となった蛇に食らいつこうと手を伸ばした時、一瞬早く何かに突き飛ばされて叢の中へと倒れ込む。
強かに打ち付けた背中の痛みと突然視界がずれた事で目が回り、咄嗟に動けずに土の感触を額に感じながらうまく吸い込めない息に喉をひゅっと鳴らす。
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