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第3話 今世での出会い【賢太郎】

 三國(みくに)工務店を訪問し、ご挨拶中に気分を悪くして退席した非礼のお詫びに伺った賢太郎(けんたろう)は、(あきら)―三國部長―を前に、思い切って打ち明けた。 「先日お会いして、手を握った時に分かったんですが、三國部長は、前世で僕の恋人だったんです」 「…………」  輝は、十秒以上フリーズし、その後、落ち着かない様子で、口元に手をやり、目線をせわしなく動かした。 「……三國部長のお気持ちは、よく分かります。『こいつ、一体、何を言ってるんだ? 前世って何だよ? 頭がおかしいんじゃないか? それとも詐欺か?』って、思ってますよね……?」  輝の反応は予想通りではあったが、それでもやはり冷たくされて、賢太郎は、しゅんとなった。 「……まあね。一度しか会ったことがない取引先の人から、『あなたと僕は前世で恋人同士でした』って言われて、『そうだったんだ! 今世でも会えて嬉しいよ!』とは、ならないよね。普通」  輝は苦笑した。 「そうですよね……。僕だって、自分が見たものが、単なる妄想とか幻覚なんじゃないかって、何度も否定しました。だけど、あれから毎晩のように夢に見るんです。しかも、どんどん鮮やかになるんです。  前世の三國部長は、僕に言うんです。『もし生まれ変われたら、来世ではお前と結ばれたい』って。それくらい、二人は愛し合っていたんです。でも、前世では、戦国武将の家で、お世継ぎが必要だったから、三國部長は隣国のお姫様と結婚したんです。  前世の自分たちが、こんなに強く僕に訴えてくるってことには、きっと何か意味があるんじゃないかって」  賢太郎は、支離滅裂になりながらも、頬を紅潮させ、瞳を潤ませて必死に輝に訴えた。 「俺自身は、全く前世の記憶はないよ。今、藤宮君から聞いた話も、申し訳ないけど、自分のことだとは信じられない。ただ、君が真剣なのは、よく分かった。一度話を聞こうか。場所を改めよう。会社の応接室でする話じゃなさそうだ」  輝は、前世の話は信用していないようだったが、賢太郎が真剣なので、軽くあしらってはいけないとは思ってくれたようだった。彼は、賢太郎を近所の居酒屋に連れていってくれた。 「藤宮君は、何を飲む?」  輝に聞かれた賢太郎は、輝の席にセッティングされていた箸と箸置きを、左右反転させながら答えた。 「僕は、生ビールを頂いて良いですか? あ、三國部長は、お気になさらず、ウーロン茶とかどうぞ」 「……なんで、俺が下戸で左利きって知ってるの?」  輝は、幽霊を見たような表情で、賢太郎を恐々(こわごわ)と眺めた。  賢太郎は、フッと寂しげに微笑んで、小さな声で答えた。 「前世でも、あなたは、お酒が殆ど飲めなかったし、左利きだったんです」  輝は、賢太郎の真剣な態度や、会議室で五分やそこら話しただけでは分からない個人情報を言い当てたことから、前世話に信憑性を感じ始めたようだった。その表情から、疑うような色が薄れた。  むしろ興味を持ち始めたのか、輝は、賢太郎の方に身を乗り出し、悪戯っぽく訊いてきた。「他に何か、前世の俺について覚えてることはない? ホントに恋人だったなら、できれば、恋人じゃないと知らないようなことを、何か当てて欲しいんだけど」 「ええっ……。そうですね……。例えばですけど、前世の三國部長は、右脇とか、背中に―左の肩甲骨の下あたりに、ほくろがありました」  賢太郎は、頬を少し赤らめながら、恥ずかしそうに答えた。 「確かに俺の右脇には、ほくろがあるよ。だけど、背中は自分じゃ見えないから分からない。確かめてもらえない?」  輝は、お坊ちゃまらしい邪気のない笑顔で、にこにこと賢太郎に微笑みかけた。  居酒屋の洗面所で、輝は、賢太郎の前でシャツを脱いだ。 「どう? ある? ほくろ」 「はい……。夢で見たのと、同じ場所です……」  賢太郎は無意識のうちに、輝の背中のほくろに、指先でそうっと触れていた。輝の立派な体躯も、ほくろも、夢で思い出した前世と全く同じだった。運命的な一致を目の当たりにして感慨にふけっていた彼は、素肌に優しく触れられた輝が熱い吐息を零したことに気付いていなかった。 「……夢の中では、ほくろを見ただけ? 他には何をしてたの?」  輝は、賢太郎を振り返り、囁いた。 「えっ! そ、そんなこと……、恥ずかしくて言えません」  賢太郎は、頬を赤らめて恥じらい、首を軽く左右に振った。そんな初々しい仕草が、どれだけ劣情を煽るか、男同士の恋愛を経験したことのない彼は、まだ理解していなかった。 「してみたら、もっと思い出すかもよ……? 教えてくれないなら、俺がしてあげる。夢と合ってるか、教えてよ」  輝は、欲情に濡れた眼差しで賢太郎を見つめた。賢太郎が我に返った時は、上半身裸の輝に『肘ドン』され、彼の腕の中に閉じ込められていた。  驚いて身を竦めている間に、賢太郎は唇を奪われた。やや過程は強引だったものの、輝のキスは、とても優しかった。上下の唇を交互にやんわり食まれ、そして軽く吸い上げられ、賢太郎はうっとりした。キスの合間に甘い溜息を零すと、更に深く口付けられた。 (キスって、こんなに気持ち良いものだったっけ……? これまでしたことあるのと、ぜんぜん違う……)  同時に、またしても膨大な前世の記憶が蘇った。  現実に与えられている生々しくエロティックな刺激に眩暈(めまい)がした。同時に、自分はこの口付けを遠い昔に体験したことがある、と確信した。背筋がぞくぞくした。賢太郎は、キスを返しながら、震えて、輝にしがみついていた。  輝は、賢太郎を抱き寄せながら、ウエストからシャツをたくし上げて引っ張り出し、手を潜り込ませて、彼の素肌に触れた。  その瞬間、蕩けそうな表情で輝に身を委ねていた賢太郎が、びくっと身体をこわばらせた。 「だ、だめっ! こんなところで……。やめてくださいっ……!」  しかし、その抗議は、色っぽく少し掠れた溜息に紛れてしまっていた。熱い口付けを交わした後では、輝を余計に昂らせる効果しかなかった。 「……誘って来たのは、君の方だろ? こうしたかったんじゃないの……?」  輝は賢太郎の身体をまさぐり続けた。 「ひどい……! まだ、僕の話を信じてくれてもないのに……。これじゃ、前世の二人が可哀想だっ……」  賢太郎は涙ぐみ、両腕を突っ張って輝を押し返し、上着と鞄をひったくるように、その場を立ち去った。

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