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第4話 惹かれる訳【輝】

 (あきら)の胸は、ざわついていた。  賢太郎(けんたろう)のことは、自分の部下からも評判の良い取引先の若手社員で、可愛らしくて好感の持てる青年だと思っていた。初対面で、手を握っただけで蒼ざめ、二度目に会った時には前世の恋人だと打ち明けられ、『この子、遠回しに、俺を誘ってるのかな?』彼は思った。  輝はバイセクシャルで、男女どちらでも抱くことができた。だから、愛らしい年下の男の子からアプローチされて悪い気はしなかった。  『俺は前世のことは覚えていない』と言えば、切なそうに瞳を潤める。愛撫するかのように肌に優しく触れてきたと思えば、恥じらって逃げようとする。口付ければ、熱っぽくキスを返し抱き付いてくる。だけど、素肌に触れようとしたら、涙ぐんで拒絶する。  清純なのに妖艶。相反する魅力が自然に共存しているところが、堪らないと思った。輝は、賢太郎にすっかり魅了され、夢中になった。  しかし、てっきり彼もその気だろうと思ったのに、まるで自分が彼を手籠めにしようとしたかのように、非難めいた目で見られたので、困惑した。 (何が悪かったんだろう……? あんなに俺のキスに色っぽく反応してたのに。もしかして、俺を翻弄しようとする小悪魔プレイか?)  案件の進捗や、取引先の社員の体調を気にする素振りで、輝は、それとなく江川係長に賢太郎のことを訊いた。 「そういえば、先日、Aハウスの藤宮君が来てくれたけど、その後、あの案件は問題なく進んでる? あと、藤宮君、体調は問題ないって言ってたけど、働き過ぎとかじゃないよね?」 「ええ、計画通り進捗してますし、特に今のところ問題も出てません。  藤宮君は確かに真面目です。書類の細かいところを指摘すると、必ず『修正します』って、だいたい、その日のうちに送ってくれるんです。『こんな些細なこと、わざわざ直さなくても良いよ』『今日じゃなくて良いからね』って言っても、ですよ。  彼は丁寧な仕事するから、確かにオーバーワークかもしれないです。あそこの課長なんか、全然工務店向かいの仕事は気にしてませんから」  江川係長は、賢太郎をべた褒めだった。 「へえ、そんなに頑張ってくれてるんだ。じゃあ、夜遅くとか休日までメール来たりする?」  輝が、それとなくプライベートとの関係を匂わせて訊くと、江川係長は、仕事が順調で機嫌が良かったのか、口が滑らかだった。 「ああ! そうですね。一度聞きましたよ。『そんな仕事ばっかしてたら、彼女が怒っちゃうんじゃない?』って。『いや、僕の性格、分かってくれてますから』って言ってたんですけど、半年前くらいかな? やっぱり振られちゃったみたいで。学生時代から付き合ってた彼女らしくて、さすがに直後は凹んでましたよ。仕事のペースは落ちませんでしたけど(笑)」 「そうなんだ。女性にモテそうなルックスなのにね。もったいない」  輝は、シレっと白々しく言い切った。 「すっかり恋愛はご無沙汰だって、こないだ嘆いてましたよ。……でも、幾ら彼がイケメンだって、三國部長のモテっぷりには敵わないんじゃないですか?(笑)」  江川係長から、思わぬ攻撃を受け、輝は、速やかに撤収することにした。 「……おっと、ちょっと雑談しすぎちゃったな。そろそろ次のアポに移動しなきゃ。江川さん、ありがとう。引き続き、よろしくね」  敢えて、わざとらしい隙を作り、輝はその場を離れた。おそらく江川係長は、『ジュニアは最近もお盛んなようだ』と、面白おかしく尾ひれを付けて社内に触れ回るだろう。  元々、輝は、社長を継ぐ気は更々ない。気苦労の多い社長業は男前な姉に任せ、自分は楽しく好きな仕事ができれば良い。だから、ちょっと私生活はだらしないと思われているぐらいで丁度良い。  実際、輝の恋愛事情は、とても褒められたものではなかった。  イケメンで中堅工務店の社長令息ともなると、玉の輿狙いで、美貌に自信のある女性が、我こそはと次々に寄って来る。しかし、特定の彼女を作ると、すぐに結婚を迫られることに輝は辟易し、誰ともステディな関係にはならないと宣言していた。  『身体だけの割り切った関係』、もっとはっきり言うと『セフレ』しか作らないのが、輝のポリシーだった。  江川係長は裏表のない男だ。彼の言い分を信じるなら、賢太郎が荒唐無稽な前世話をでっち上げて言い寄って来たと思ったのは、自分の誤解だったのかもしれない。自分は前世なんて信じてはいないが、もし賢太郎が真剣に前世の縁を信じているのだとしたら、申し訳ないことをしてしまった。輝は反省した。

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