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第6話 友達から始めよう【輝】

「この間は、本当にごめん。藤宮(ふじみや)君の話に、きちんと耳を傾けもせず、俺の一方的な思い込みで、俺に気があるんじゃないかって勝手に勘違いして。強引なことしてしまった。すごい失礼だったって、反省してる。」  顔を合わせるなり、(あきら)は深々と頭を下げ、真摯に賢太郎(けんたろう)に謝った。  賢太郎を呼び出す際、輝は悩んだ。  平日のビジネスアワーが良いのか。それとも、プライベートだからアフター5や週末が良いのか。  前者だと、仕事上のパワーを濫用しているようで、輝は気が進まなかった。しかし、夜や週末に呼び出すのも、それはそれでセクハラだと思われるかもしれない。  結局、『いつ、どこでなら、会ってもらえるか』賢太郎に判断を(ゆだ)ねた。彼の返事は、週末の午後、チェーン店のカフェだった。 (前回、夜に居酒屋で俺が迫ったから、警戒されたかな……。わざわざ、セルフ方式のチェーン店を指定して来たってことは、俺に(おご)られたくない、借りは作りたくないって意思表示だよな……)  輝の胸はチクリと痛んだ。  実際、輝が待ち合わせ場所に着いた時、賢太郎は、先に到着しており、自分の分の飲み物を買って、下座に掛けていた。他のお客さんとは、絶妙に距離が空いている、飛び地的な席を確保していた。  賢太郎は、最初、固い表情をしていたが、輝が謝罪すると、通り一遍ではなく、心から反省していることが伝わったのか、少し表情を和らげた。 「あの……、前世の話、少しは真剣に受け止めていただけるんでしょうか」 「まだ完全に信じてる訳じゃないけどね。でも、自分も、それっぽい夢を見たから、君の作り話だとは思ってないよ」  輝は正直に答えた。 「それに俺が夢で見た前世?って、ワンシーンだけなんだ。だから、藤宮君から、もっと色々話を聞きたいなと思って」  賢太郎は、ようやく薄っすらと笑みを浮かべ、頷いた。ミルク色のクルーネックセーターは、彼のすんなりした首の魅力を引き立て、色白な肌にも良く映えていた。 「ちなみに、三國部長が思い出された前世って、どんな内容だったんですか?」 「……えーっと。すごくエモい瞬間ではあったんだけど、ちょっとエロいんだ。言っても大丈夫?」  輝が、賢太郎の様子を伺いながら遠慮がちに言うと、彼は頬を赤らめたが、しっかりした声で答えた。 「大丈夫です。お願いします」 「俺が結婚する前夜っぽかった。二人きりで俺の部屋にいた。  君は涙ぐんでて、これが二人で過ごす最後の夜だって。自分は生涯、他の人を愛すつもりはないって。  俺は、国を守るために妻を(めと)り、世継ぎを作らなければいけない。これは自分の責任だから許して欲しいと。来世では君と結ばれたいって言ってた。  ……俺は、全身全霊で君を抱いた。君も、真剣だった。  俺は君を『賢佑(けんすけ)』と、君は俺を『輝宗(てるむね)』と呼んでいた」  輝は、なるべく感情を交えず、見たものを客観的に伝えようと努力した。 「僕も、同じ夢を見たことがあります。二人の名前も、僕の夢と同じです」 賢太郎は、薄っすら涙を浮かべ、震える声で答えた。 「前世で、僕は、あなたを深く愛していました。夢で見た記憶だけでも、その気持ちが痛いほど伝わってくるんです。あの時は、身分違いだったし、男同士だったから、結ばれなかったですけど……。  結婚前夜と、あなたの死の間際に、『来世ではお前と結ばれたい。生まれ変わったら、自分を探してくれ』って言われたんです。  生涯愛し合っていた二人の無念を、どうすれば晴らせるか分からないけれど、前世でそういう縁があったってことは、どうしても、あなたにも伝えたくて」  どうすれば、この非現実的な話を、輝に分かってもらえるだろうか。賢太郎は、眉間に皺を寄せ、真剣に考えているようだった。考えながら話しているので、時折、言葉に詰まったり、気持ちが先行するあまり、もどかしさで声を震わせたりしながら、彼は必死に輝に訴えた。 「俺も、まだ断片的な夢を一回見ただけだから、どうすれば良いか分からない。だけど、過去に深い縁があったかもしれない者同士として、まずは、友達から始めましょうってことで、どうかな?」  輝は、賢太郎の言葉に頷きながら、優しく微笑みかけた。  賢太郎は、少しはにかみながら、頷いた。 「じゃあ、まず、三國部長って呼ぶのは、今後はナシね? 仕事以外で会う時は。輝って、名前で呼んでよ。俺も賢太郎君って呼んで良い?」  輝はニコニコと邪気のない笑顔を賢太郎に向けた。 「はい……、ちょっと緊張しますけど。前世を思い出します。前世でも、普段は『お(やかた)様』って呼んでたんですけど、二人きりの時は名前で呼んでいたので」  賢太郎は、頬を染め、恥ずかしそうに言った。  輝はドキドキしていた。 (おいおい……。そんなウルウルの目で、ほっぺ赤くして俺を見るなよ……。妙な気持ちになっちゃうだろ……? 君とエロいことした夢見たって言ってるのに、そんな態度取られたら、『やっぱ、俺に気があるのかな?』って期待しちゃうじゃん……)  輝は、シャツの襟元を、意味もなく(いじ)った。彼は普段プライベートでは、胸元を開けてシャツを着る癖があったが、この日は、反省と謝罪の意を示すため、ボタンを上まで留めていたので、余計に落ち着かなかった。彼は、甘ったるくなった場の雰囲気を変えようと、わざと明るい声を出した。 「そう言えばさ、俺、今世でもバイセクシャルなんだよね。前世でも、君を愛してたのに、女性を娶って世継ぎも作ったみたいだし。そういうとこ、変わんないんだなって、妙なとこで感心したよ。あはは」 「は、はぁ……。じゃあ、こないだのアレは、冗談じゃなかったんですね……」  賢太郎は、顔をひきつらせた。  賢太郎のしょっぱい反応に、輝は慌てた。 (しまった! 「マジすか、ウケるー!」的な反応を期待してたんだけどな。ドン引きしてるじゃん……) 「うーん……、そうだね。『背中にほくろ』なんて、古典的な口説き文句だからさ。ちょっと言いづらいけど、てっきり君もその気なのかと思ったんだよ。可愛い子だなって思ったのも事実だし。  ……ちなみに、賢太郎君は、その、セクシャリティ的なことは……? もし嫌なら、答えなくて良いけど」  輝は、遠慮がちに賢太郎に尋ねた。 「……僕は、今世では、いわゆるノーマルです。女の子としか付き合ったことないです」  賢太郎は、再び表情を固くしている。『気軽に口説いたり、触れてくれるな』と、全身から拒絶オーラが出ている。 「……そっか。じゃあ、こないだは、余計に悪いことしちゃったね。ほんとにごめん」  賢太郎から明確に拒絶され、輝は少し凹んだ。  自分の周りによくいる『チャラい』男たちと、賢太郎とでは、かなり価値観が違いそうだ。目の前で、ふっくらした唇にストローを含んでアイスコーヒーを飲んでいる彼の、伏せた長い睫毛(まつげ)を眺めながら、彼との接し方や距離感は、慎重に考えなければ、と、輝は思い始めていた。  輝自身は、まだ、前世に関しては半信半疑、いや、正直なところ、半分以上信じていなかったが、賢太郎の必死な様子には、胸を打たれていた。 『前世の二人は、生まれ変わったら一緒になろうと(ちぎ)った』と賢太郎は訴えるが、かと言って、輝が彼を抱き寄せると拒絶される。  輝は、賢太郎をどうすれば良いか、分からなかった。  それでもなお、彼に執着する理由は何なのか。この時点では、輝は、自身の気持ちを明確には自覚していなかった。  ちゃんとした恋愛経験を重ねてきた、それなりの年齢の大人ならば、それは本気で恋し始めているからだ、と気付くはずだ。しかし、真剣な恋愛を避けてきた輝には、本気の恋の始まりも始め方も、よく分かっていなかった。  今日会う約束も「お茶でも飲みながら、少しお話を」というのは、礼儀正しくちゃんとした恋愛を始めようとする時のお作法通りだったが、そのことに気付く余裕すら、輝にはなかった。

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