7 / 16

第7話 運命に呼ばれて(1/2)【輝】

 様々なしがらみはあったが、二人は個人的に会うようになった。  働いている会社は取引先同士。  片や社長令息、他方は単なる若手サラリーマン。  傍から見ると、まるで接点が見当たらない二人だったが、立場を取り払って向き合うと、意外なくらい気が合うことが分かった。  茶目っ気があり、大らかで楽観的で、人を惹きつける魅力がある(あきら)。  人見知りだが、一度慣れれば、子犬のように無邪気にじゃれつく、朗らかな賢太郎(けんたろう)。  二人は、一緒に過ごす時間を、すぐに楽しいと感じるようになった。  学生時代、輝はテニス部、賢太郎はバスケ部と、二人とも元々スポーツはするのも観るのも好きだったが、共通の趣味になったのは、スカッシュだった。  賢太郎はバスケットボールでも、スピードを求められるポジションにいたため、狭いコートで瞬時に判断し、機敏に身体を動かして打球を追うのにすぐに慣れた。  スタミナは輝が上回ったが、瞬発力は、身が軽い賢太郎に分があった。  二人で一つのボールを追っていると、言葉を交わさなくても、驚くほど、互いが何を考えているか通じ合えた。二人で交互に球を打つラリーなら、いつまでも続けていられたし、他のペアとダブルスでゲームをすれば、まるで事前に作戦を立てていたかのように役割分担できた。  背が高く動きの速い二人なのに、狭いコートの中で、衝突したり、いわゆる『お見合い』で球を見逃すようなことは殆どなかった。  同じコートに通っていると、スカッシュを楽しんでいる他の人とも顔見知りになり、時には誘い合ってダブルスでゲームをするようになったが、スカッシュの先輩からは「二人は筋が良いし、昨日今日ペアを組んだと思えないぐらい息が合ってるから、ダブルスで試合に出たら良いよ」と、勧められるほどになった。  この日も良い汗をかき、ジムのシャワーを浴びて着替えた後、輝は賢太郎を焼肉に誘った。まだ学生時代と変わらない食欲をキープしている賢太郎は、大喜びでついてきた。カルビを頬張りながら、賢太郎は、『輝宗(てるむね)は、周りからどう見られていたか?』という、輝の質問に答えた。 「輝宗様は、立派な君主だったよ。常に、自分の治める国の民のことを考えてた。天候不順で農作物が取れなくて困っていないか、疫病が流行っていないか、何か自分にできることは無いかって、真剣に考えてた。だから、部下たちも、みんな、輝宗様を尊敬してたよ」 「へえー。前世の俺って、良いリーダーだったんだね。今世の、いい加減な俺とは全然違うなぁ。ご先祖様が、今の俺を見たら、ガッカリしちゃうかもね」  輝は、ウーロン茶のグラスを片手に、軽く肩を竦めた。  練習の後に食事に行くと、輝は、必ずと言って良いほど、前世の話を聞きたがった。輝が前世の夢を見たのは、結局、一度きりだったし、こんなに賢太郎に惹かれる理由が何か分かるかもしれない、と思っていた。 「うーん……。でも、輝宗様も、普段はすごくお茶目で、よく部下に悪戯を仕掛けて、じいに嘆かれてたし。部下に対して鷹揚なところとかは、すごく輝さんと似てると思うよ。  そう言えば、輝さんは、なんで、お父さんの会社に入ったの? 前に『父の会社に入ったのは、単なる成り行きだ』って言ってたけど、そんなこと無いよね。だって、今のお仕事、好きでしょう? 今のプロジェクトでも、色々アイデア出してくれてるの見ると、あぁ、お仕事好きなんだなって思ってたよ」  賢太郎は、純粋な瞳で輝を見上げた。 「……まぁ、新しい技術のことを調べたり試したり、工夫して、良い家ができるのは、面白いし、楽しいと思うよ。  ……そういえば、俺が子どもの時さ。  うちの会社、当時はまだ小さかったから、母もショールームに出て接客してたんだ。姉と俺は、退屈だから、よくショールームで遊んでた。お客さんが、小さい子を連れて来ると、お客さんの子どもともよく一緒に遊んだよ。家が完成すると、だいたい一家で挨拶しに来てくれるんだ。で、その子どもが、『僕の部屋、カッコ良くしてくれて、ありがとう!』とか、俺の父や職人さんに言うわけ。  子どもながらに、『あぁ、お客さんが毎日過ごす家を、楽しくて気持ち良い場所に作りあげるって、人に喜ばれる良い仕事だなぁ』って、思った記憶があるよ。……確か、小学校の卒業文集に書いた気がする」 「すごい! やっぱり、輝宗様と同じだよ! 僕は、輝さんも、立派なリーダーだと思う」  賢太郎は、目を輝かせて嬉しそうに微笑んだが、直後に顔を曇らせた。 「……そう言えば、ちょっと言いづらいんだけど……。江川(えがわ)係長の上司の課長さんのことなんだけどさ」 「あぁ。どうかした?」  輝は、賢太郎の優しい笑顔に見蕩れ、半ば上の空で聞いた。 「あの人、下請けの業者さんからの見積に、上乗せさせて、ピンハネしてると思う」  賢太郎は、少し身を乗り出して、真剣な表情で、少し声を潜めた。 「ええっ? ……賢太郎がそう言うってことは、なんか根拠あるんだよね?」  輝は、真顔に戻って聞いた。 「江川さんが、業者さんから、事前に聞いてた金額と、出てきた見積の金額が違ってたんだって。怪しいと思って、過去のもチェックしてみたら、江川さんが、メールで金額をやり取りした時のだけでも、やっぱり、出てきた見積が、毎回少しずつズレてたって。  しかも、課長さんが、『見積は俺が直接チェックするから』って、江川さんに見せたがらないらしいんだ。業者さんも、江川さん直接に送ってこないらしいし。  それで、江川さんが、それとなく金額が違うって指摘したら、『前回のだと、ちょっと業者をいじめすぎだろう。もうちょっとリスクを見ておいた方が良いんじゃないか、積んで良いよって、俺が言ったんだよ』とかって、誤魔化されたらしいよ。  ホントにそうなら、なんで見積を隠すのか、意味が分からないし。しかも、毎回そうだとしたら、会社の利益が減るんじゃないかって、江川さん心配してた。」  賢太郎は、取引先の管理職の不正を、その上司に密告するという緊張に耐えかねたのか、そこまで話すと、ぐいっと水を飲んだ。そして、真剣な目で輝を見つめた。

ともだちにシェアしよう!